パトリック・ロジェはショコラティエであり、彫刻家でもある。
素材を触ると創作意欲が湧いてくる_
芸術家やデザイナーにインタビューすると、この言葉、よく聞きます。
そしてその度に、ジーンとくるのですが、その反面、そのような創作の感覚が欠如している自分に悲しくなる…
パトリック・ロジェ Patrick ROGER
たった30歳で、超難関のMeilleur Ouvrier de France (MOF) /フランス国家最優秀職人章を手にしたフランス人ショコラティエ。
このショコラの天才は、彫刻家でもあります。
ロジェさんが、パリとその近郊、ブリュッセルに構える10のブティック。
そこにはショコラで制作された動物たちの彫刻が並び(今シーズンはクマ)、まるでアートギャラリーのようです。
実際、ロダン美術館は2015年、ロジェさんに、4メートルほどのショコラ製『バルザック』(オーギュスト・ロダンの代表作のひとつ)を依頼。
クリスティーズは彼の彫刻展覧会(こちらはメタル素材)を開催しました。
そして昨年6月には、東京・六本木の21_21DESIGN SIGHT で、ロジェさんにとって日本初の個展となる ≪VOYAGES VOYAGE(R) ≫(空想しながら鑑賞する)が開かれ、20年間にわたる作品を展示。
大成功を収めました。
「ロダンは土で、私はショコラで彫刻する」
ショコラを知り尽くした男、ロジェさんの言葉です。
ロジェさんの作品は、ブロンズ、アルミニウムなどに鋳造される前に、全てショコラで制作されます。
はじめにショコラありき。
カカオという自然の恵みから、彼の芸術が生まれるのです。
パトリック・ロジェのアトリエ
パリからRER(首都高速列車)で約20分、小さく美しい街ソー/Sceaux。
駅から続く小道を歩いていくと、自然の森のミュージアムのような近代的な建物が目に飛び込んできます。
それが2017年11月に完成した「パトリック・ロジェ」の2000平米のアトリエ。
ロジェさん自身がデザインしました。
ジャルダンには野菜園とスタッフ用のジャグジーバス(定員12人。冷えた体でショコラは作れぬ)。
2階には最新テクノロジーによるショコラ製造のラボ、素晴らしいビブリオテーク(蔵書/16世紀文学から美術書、エコール辻、趣味のバイク、etc. 驚くべき教養の広さ)。
オフィスには調度品(倉俣史朗のイスもあった)、古今東西の美術品などのパトリック・ロジェコレクションが、さり気なく飾られています。
アリーナのように広い1階アトリエの両サイドでは、ブティックで販売するショコラを製造。
ロジェさんは約20名のスタッフたちを指揮しながら(「学校の先生みたいだよ」と本人談)、ひとりでショコラの彫刻制作にむかっています。
アトリエの奥に置かれたロジェさんの仕事机。
彼は引き出しから、制作中のフォーミュラ1のインスピレーションとなった1枚の写真を見せてくれました。
「この写真をデッサンして、そこから3Dに、そして9Dにまで次元を広げる。とっても複雑でしょ?」
確かに。
ゴルチエのクマ
アトリエに飾られてある彫刻作品。
ロジェさんはなぜ、彫刻をはじめたのでしょうか?
「MOFの実技試験や、ショコラのコンクールで芸術性のある作品を作らなければならなかったけど、彫刻のきっかけとなったのは、ジャン=ポール・ゴルチエ。彼からオーダーされたショコラのクマが最初の彫刻かな。」
ロジェさんは、ゴルチエの大ファンです。
「ゴルチエ」の服しか着ません。そういう間柄のおふたりだったのです。
ゴルチエは自分の誕生日に、幼少時代のクマのぬいぐるみのカタチをしたショコラをロジェさんにオーダーしたのでした。
ロジェさんの彫刻は、型にショコラを流し込むことからはじまります。
出来上がっても、それは束の間の作品。ショコラの性質上、彫刻として長期の保存できません。
だから同じ彫刻をメタルにするには、また違う複雑な1年ほどかかる工程を経なければならいそうです。
実際に自分でやってみなければ絶対分からない仕事。
「いつも問題ばかり。厳しいよ」とロジェさん。
「月に500~600時間働いている。週末も。ヴァカンスも好きじゃない。家ではピアノだけ。これだけ働けば、日本だったら人間国宝になれるよね。」と微笑む。
ひとつの素材ショコラから
職人が自分の名前をブランド名に暖簾を上げる、ショコラの世界。
味が職人の人生を表す。
ショコラティエの大御所たちがしのぎを削るパリで、「パトリック・ロジェ」は別格だ。
ショコラというひとつの素材から、彼は新しい創作を続けてゆく。
ヴァレンタインデーのシーズン、東京での「パトリック・ロェ」がさらに味わい深いものになりますように!
https://www.patrickroger.com/ja/(日本語!)
松井孝予
(今はなき)リクルート・フロムエー、雑誌Switchを経て渡仏。パリで学業に専念、2004年から繊研新聞社パリ通信員。ソムリエになった気分でフレンチ小料理に合うワインを選ぶのが日課。ジャックラッセルテリア(もちろん犬)の家族ライカ家と同居。