【追悼】インポート業界の草分け、茂登山長市郎さん

2018/01/23 04:27 更新


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生前の茂登山長市郎さん

 サンモトヤマの創業者、茂登山長市郎取締役会長が昨年12月15日に死去した。96歳だった。葬儀は近親者のみで行われた。2月20日午後0時30分から東京都千代田区内幸町1の1の1の帝国ホテル東京で「お別れの会」を開く。葬儀委員長は茂登山貴一郎サンモトヤマ代表取締役社長。

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 茂登山さんは1921年に東京・日本橋で高級ニット製品問屋の三代目として生まれ、39年に旧制の東京府立第一商業学校(現都立第一商業高等学校)を卒業。55年にサンモトヤマを設立し、有楽町駅前で米国ブランドを中心に輸入・販売をする店を開いた。62年には伊グッチと日本の総代理店契約を締結。

 64年には銀座・並木通りにサンモトヤマ本店をオープン。グッチやエルメス、ロエベなど欧州ブランドの専門店として、政財界に数多くの顧客を作った。91年に代表取締役会長、2016年には取締役会長に就いた。

 日本におけるインポート業界の先駆けだった。フランクな人柄で多くの業界人から「長さん」の愛称で呼ばれ、05年には創業50周年を機に『江戸っ子長さんの舶来屋一代記』(集英社)を出版。90歳を超えても商いへの情熱を持ち続けた。

 長年の功績に対して、86年にイタリア「カヴァリエーレ勲章」、06年同「ウッフィチャーレ章」を受章。10年には伊フィレンツェの第45回アカデミア・インターナショナル〝レ・ミューゼ〟から「アポロ賞」を贈られるとともに、同市が外国人に贈る最高の栄誉「フィレンツェ市の鍵」を日本人としては初めて授与されるなど、国内外で多数の受賞歴がある。


【茂登山さんを悼む】 

三喜商事取締役相談役の堀田一さん 茂登山会長とは戦後の混乱の中、ともに生きた同志です。昭和30年代に入り、ヨーロッパのファッションを輸入できるようになると、私たちは専業として業界に先駆け、真っ先にヨーロッパへ渡りました。長市郎さんは東京で、私は大阪で、それぞれ輸入業を始めました。天性のセンスで、よい商材を見つけてはブランドを育て、当時の日本にはなかった舶来品の商売の草分け的存在でありました。非常に高い感性とあふれる情熱、ブランドの本質を伝える力は輸入ファッション業界において開花し、着実に業績を拡大されました。サンモトヤマを育てあげられたすぐれた手腕は、内面の優しさからは想像できない力を秘めておられました。ご生前に賜った数々のご交誼(こうぎ)にお礼申しあげ、ご冥福をお祈りいたします。

アオイ副社長の前田千鶴さん がっしりした大きな手、柔らかな皺(しわ)に包まれた優しく鋭い瞳、私の父が心から尊敬し、兄のように慕った日本のインポート業界の大切な方が逝ってしまった。記憶力が抜群で、貴重なエピソードを楽しく正確にたくさんお話ししていただきました。世界中を飛び回り、美しいものを探して、見つけた時は、熱心に説明してくださいました。江戸っ子のかっこいい大親分、インポート業界のパワフルな創業者の皆さんをまとめた太陽会の創始者、会長しかできない離れ技でした。いつもすごいオーラで、人を超えた何か不思議なパワーをお持ちでしたね。あまりの悲報に茫然(ぼうぜん)とします。結婚式のスピーチありがとうございました。父は大感激でした。あちらで、久しぶりにゆっくり父と会えますね。どうぞ安らかにお眠りください。



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