新型コロナウイルス禍で客数がなかなか回復しないファッション小売店。売り上げを確保するために、客単価を上げることの重要性が増している。今回は店の主対象が異なる5人の店長に、セット率や客単価を上げるために努めていることを聞いた。コーディネートや高単価品を提案する力を養うためには、商品やブランドの方針を正しく理解することが重要だ。
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情報発信強め、価格の正当性伝える
エドウイン・トウキョウ・ハラジュク 池田啓太郎さん
前職でも販売員を経験し、07年に入社。直後から店長を任され、同店には16年11月の開店時から務めている。ブランド初のコンセプトストアであり、高単価な限定商品や海外企画などを扱っているため、コロナ前は外国人客比率が7割を占めていたが、それがほぼゼロになり、日本人の客単価アップに取り組んだ。店独自のECサイトを開設。導線としてインスタグラムやユーチューブでのライブ配信を積極化し、日本人の客単価はコロナ前の1万2000円から現在は1万6000円にまで高めた。
店の主対象として再注目したのが原宿の街に多く、エドウインに対する認知度が浅い20~30代。「彼らにリーチするためには店で待っているだけではだめ。こちらから適切な手段で正しい情報を発信し、興味を持ってもらわなくては」と着手したのがECサイトや動画配信だった。
5月にECサイトを作り、8月からライブ配信を開始。オンライン上で物作りや商品のこだわりを丁寧かつ詳細に説明する。そのかいあってか、最近は高校生が1万7000円のジーンズを購入したという。
オンラインでの情報発信を強化するなか、客の受け皿となる店舗に立つ販売員は、「今まで以上に知識量が必要になる」と池田さん。一定の商品知識を持った上で来店する客が増えるなか、「服が好きかどうか、お客様とのコミュニケーションを楽しめるかどうかが、客単価を上げるためには重要」と感じている。
顧客を増やし〝いいモノ〟提案
「ルイス」HEPファイブ店 新井健太さん
「体験してもらうスタンスで顧客を増やし、よりいいモノを提案する作業の積み重ねで、客単価が上がった」と新井さん。17年秋に大阪・梅田のHEPファイブ店へ店長として着任後、若い客層を取り込むために様々な工夫をし、当時よりも客単価を3割前後向上させている。
主力客層の若い同施設の中で、ルイスのメンズは比較的商品単価が高い。顧客を増やすためにまず店を「施設の中で一番かっこ良い、そして、明らかに高そうに見える」ようにして、店の知名度アップを目指した。
接客は体験をキーワードに、試着を楽しんでもらうことを重視。「かっこいい店だけど入りづらい、試着しづらいという雰囲気の払拭(ふっしょく)」に注力した。「若い人は使えるお金は少なくても、〝ファッション欲〟は一番ある」。ルイスらしい着こなしやコーディネートを実感してもらう一方、予算やニーズに応じてベストな買い方を丁寧にアドバイスした。
購入客にはなるべく店舗独自のインスタグラムのフォローを依頼。公式アカウントよりも、早くたくさんの情報を独自に発信し、顧客の来店頻度を上げた。
「例えばオリジナル商品を買ってくれた顧客には、それよりも単価の高いセレクト商品を提案する」という風に、よりいいモノを提案することで客単価は上がっている。高い商品を購入につなげるには、「実際に試着して違いを体感してもらうことが大切」と振り返る。
試着時のもう一点を欠かさない
「アズノゥアズ・ピンキー」ラフォーレ原宿店 新槇美和さん
13年入社の新槇さんは、17年に店長に昇格、今年6月に以前に勤務した経験もある同店に帰ってきた。ラフォーレ原宿は、同社が初めて直営店を構えた地。かかる期待は大きい。接客時の会話から客のファッションの好みを探り、試着時の「もう1点の提案」を欠かさないことで、セット率を上げている。
20代を中心にファッション感度や購買意欲の高い客が訪れる店だ。8月以降の同店のセット率、客単価は、ともに前年同月比を超えている。客単価は業態平均も上回っており、10月中旬時点で5700円。
客が気になる商品を試着する際は、着合わせやすい商品も試着してもらうようにしている。来店時の服装や普段の服装などの情報を頼りに、店内のどんな商品が似合うかを考えている。トレンドや売れ筋を踏まえて提案することもある。朝礼時に店のスタッフと気温や天候、最近客が気にかけている商品などについて情報を交換しながら、試着する時に薦める商品を考えることもある。
客に商品を薦める際は「理由付けが大事」。人気だから、トレンドだからなどモノ起点の理由ではなく、「〇〇さんだから似合う」と客がその商品を薦められた理由が納得できるような提案を心掛けている。
自店のセット率、客単価を上げるためには「自身が働くブランドの方針を理解することが必要」。通勤などの隙間時間にブランドのインスタライブを見ることで、デザイナーやMDの意図をくみ取るようにしている。
試着会で商品をよく知る
「ユナイテッドアローズ・グリーンレーベルリラクシング」岡山一番街店 濱近大樹さん
ECでの購入と違う、店にに来るから感じられる価値を提供をしたいと考えた濱近さん。新たにスタートした取り組みが、セット率や客単価アップにつながっている。以前から来店客にもっと何か出来たらと考えていたが、コロナの影響でその思いが強くなった。店で買い物することの価値は「実際に物を触って、着心地や見え方がわかること」だと考え、試着会を始めた。スタッフ全員で月に一度、店の傾向を踏まえた商品とMD戦略で強化する商品を試着し、着心地やどう感じたかを意見交換している。
シーズンごとの資料を使った勉強会ではECサイト以上の情報を身に着けることが難しかったが、試着会で実際に着ることで、商品を説明するときの言葉のバリエーションが増え、接客時に説得力が出るようになった。ベテランスタッフは定番商品のちょっとした変化など新しい気づきがあり、新人スタッフは自信をもって接客に取り組めるようになった。サポートに回ることが多かったスタッフも、接客スキルが開花して売り上げを伸ばしている。
商品を着た体験があることで、客のニーズに沿った具体的な提案が出来るようになり、客単価やセット率のアップにつながった。前年比で、10月の客単価は上がり、買い上げ率も130%に伸びている。客からも「詳しいですね」「店で買うほうが安心できる」という声が増えた。試着会の経験をスタッフで共有することで磨いた提案力がニーズを捉えた接客を担っている。
商品一つに三つのコーディネート
「エムズグレィシー」そごう横浜店 坂牧里美さん
坂牧さんが店長を務める店の客単価は4万~5万円で、商品単価も低くないため2~3セットで10万円ほどになる。「私のお客様は3~5点はまとめて買ってくださる」と言う坂牧さん。その笑顔と会話の魅力にぐいぐい引き込まれる。
大事にしているのは、コーディネート力をいかに上げるか。1日に1度はスタッフとその話をする。入荷商品一つに三つのコーディネート提案を頭に入れておくことが要で、「そういうの嫌いなの」と客に言われたときに次に何を薦めるか、即答できなければ終わり。逆にしっかり切り返せれば「この人は分かっている」となり、必然的にセット率が上がる。「お客様が何をお持ちでないか、常に考えをめぐらせています。私たちの仕事はコンサル販売。その信用が大切なんです」。客とだけでなくスタッフ同士のコミュニケーションも大事だ。現在4人のスタッフはとても仲がいい。
6月、コロナ禍の休業から店が再開し、新商品の案内などの電話をすると「涙が出るくらいうれしかった」という顧客も。手持ちのエムズグレィシーの商品を広げてみて「これを着てどこへ行こうと考えるだけでも楽しかった」と話す人もいた。店で再会するとお互いわーっと高まって、「心の中で抱きしめてました」。客との絆は一層深まったという。
デザイナーの思いを顧客に届けたいという強い気持ちも販売力につながっている。そして、とても働きやすい会社であることも、販売に集中するエネルギーになっていると話す。
《バックルーム》
コロナ禍にあって、販売現場では店長たちの創意工夫が一層光る。今回2人の店長を取材させてもらったが、客単価を上げるため、自発的に仕事に臨む姿勢が印象的だった。
セット率を上げるために欠かせないのは、やはりコーディネート提案力だ。トレンドや自店の売れ筋の把握に加え、顧客の志向やクローゼットの中身までを記憶した上で、瞬時の提案が求められる。初見の客ならば、接客時の会話から、それらの情報を引き出さねばならない。高額な商品を購入してもらうためには、価格の正当性を伝える必要があり、そのためには商品の知識やブランドの方針を正しく知っておくことが大切だ。
客数が伸び悩む苦しい時期ではあるが、試行錯誤の末の販売現場の努力が結果として報われる時がくることを願う。
(繊研新聞本紙20年10月26日付)