兵庫県豊岡市で開催された豊岡演劇祭2025に参加するため、東京から6時間ほどかけて豊岡に向かった。この演劇際では、劇作家の平田オリザさんらがプロデュースしたプログラムの他に、公募から選ばれたプログラムがあり、9月11日から23日にかけ、市内の様々な場所で開催された。
【関連記事】あのころと未来 都市の中の明るいくぼみ
映画と異なる魔力
私は9月14日に到着し、to R mansionと川村恒平斎による影絵劇『あらしのよるに』をまず観劇した。舞台後は、影絵の仕組みを教えてくれて、参加した子供たちと一緒に影絵の装置を実際に動かすことができて楽しかった。夜は、スペースノットブランクの舞台『魔法使いの弟子たちの美しくて馬鹿げたシナリオ』へ。この舞台には、私の短歌が原作の映画『春原さんのうた』の主役を演じた荒木知佳さんが出演されていた。映画の中の静的な人物とは全く異なる魔力のある人物を、柔軟かつ躍動的に演じていて、瞠目(どうもく)した。
翌日は、篠田千明演出による平野暁人の一人舞台「もうすぐ消滅する人間の翻訳について」を見た。平野さんは、フランス語とイタリア語の通訳や翻訳をしているのだが、今年初めにメディアプラットホーム「note」へ投稿した同名の文章が大きな評判を呼んだ。人間が行う翻訳の仕事の状況を現実の窮状とグローバルな視点とでつづり、翻訳に携わる人をはじめ、言語と人間との関係についての新しい切り口を提示した。それを書いた本人の声を通じて聞くことで、今、生きて言葉を発すること、伝えてきたことのけうな連なりを痛感したのだった。
夢を見るように
その後城崎に移動し、温泉街の夜を歩いた。城崎も演劇祭の開催地の一つで、往来でのパフォーマンスも行われていた。日が落ちると、柳の垂れ下がる小川に電灯がともされる。風情あふれる外湯の建物が、それぞれの光を放ち始める。すると、カラフルな光で電飾された衣装を着たパフォーマーが現れた。多数の外国人を含むゆかたを着た観光客らが、温泉でほてった体でパフォーマンスを通りすがりに見守っている。観光気分とお祭り気分とアートが混然一体となった不思議な夜を、私は夢を見るように味わった。演劇祭とは、普段は体の内側に秘めている、一人ひとり異なる感情と思考を空気に溶かし、互いに発光させる場なのではないかと思う。
さて、その翌日。城崎温泉を見守る温泉寺を訪ねた。寺を開創した道智上人の功徳によって温泉が湧き出したという。ここには奈良の長谷寺の観音像と同じ木で作られた観音像がある。それが木の先の方で作られたから「きのさき」という名がついたという節もあるそうだ。縁の巡りはしみじみ面白い。
(歌人・東直子)
