【新年特別号】平成はファッション業界をどう変えたか

2019/01/01 00:00 更新


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多様化するニーズ、問われる持続可能性

 〝平成最後〟の年を迎えた。繊維・ファッションビジネス業界は平成の30年間に、大きく変化した。物の作り方や売り方、消費者の服の選び方、買い方、ファッションに対する価値観は完全に変容した。

 ファッションの主役は、卸型のメーカーとそれを仕入れて販売する百貨店やGMS(総合小売業)から、SPA(製造小売業)、専門店、EC、SNSへと交代した。バブル崩壊からの平成不況、リーマンショックなど経済危機や、阪神・淡路大震災、東日本大震災、豪雨・豪雪、猛暑など自然災害にも見舞われた平成の時代。日本の繊維・ファッション業界にとって、厳しい時代だったという印象を持つ人も多いだろう。

 一方で、日本独自のファッション文化が誕生し、ファッション経験値の高い成熟した消費者が育った。日本発グローバル企業も生まれ、直近では外国人観光客の増加、デジタル技術の革新など、新しいビジネスも芽吹き始めている。平成の30年間の経験には、これから迎える新しい時代のヒントが隠されている。

服が主役だった時代もあった

 バブル経済がピークを迎えた昭和の終わりから平成の初頭にかけて、日本初のストリートトレンドといわれる渋カジが登場した。渋谷から地方へ、高校生から大学生へと一大ブームを巻き起こし、渋カジのブームに端を発するインポートショップの中には、その後に有力セレクトショップへと成長した企業もある。渋カジはバブル崩壊後の92年には収束したが、その後も渋谷の街自体は流行の発信源の地位を譲らなかった。

 主役の座を奪ったのは渋谷109と店に立つカリスマ販売員たちだ。消費者目線を持つプロデューサーや販売員が〝今、着たい服〟を作って売るというスピードとリアルを追求する新しいビジネスモデルを構築し、月商で2億円という数字をたたき出すブランドも数々登場した。

 渋カジを発信した男の子たちも109のカリスマたちも、今の時代ではインフルエンサーと呼ばれる存在だ。携帯やスマートフォンが普及する前だが、彼ら・彼女らの発信力は、渋谷やその周辺にとどまらず全国へと及び、既存のファッションビジネス業界に衝撃を与えた。

 当時の若者のブームの中心には服があった。仲間であることの証しであり、コミュニケーションツールとしての役割を服が担った。

安くておしゃれが当たり前に

 女の子たちが109のブームに沸いていた頃、服の価格と価値のバランスを大きく転換する商品が登場する。98年、ユニクロが発売した1900円のフリースだ。

 同じ頃、100円ショップが店舗網を拡大し、紳士スーツのツープライス業態が次々と誕生した。

 リーマンショック後の08~09年、もう一段の低価格の波が押し寄せた。08年にH&M、09年にはフォーエバー21が日本で出店を始めた。1万円以内で全身のトータルコーディネートが完成するファストファッションは瞬く間に広がった。ジーユーが990円のジーンズを発売したのも09年だった。

 渋カジブームがピークを迎えた89年の衣料品の平均単価は、6000円を超えていた。生産の半量は国内で担っていた。消費不況や低価格化の波に飲まれ、その後10年で平均単価は半分以下に急降下した。製造業はコストの安さを求め、中国、さらにASEAN(東南アジア諸国連合)などアジアへと生産の拠点をシフトした。17年の国内生産の比率は3%に満たない水準にまで下落した。

 海外生産比率の高まりにともない、安い服が大量に国内市場に供給されるようになった。衣服の供給量は増える一方で、衣服への支出は減り続ける。リーマンショック以降、衣服・履物への支出は通信費に逆転され、その差は開き続けている。

 既存業態が低迷する中、新しい情報ツールを活用したECモール「ゾゾタウン」が急成長を遂げ、ECという新たな販路の可能性を見せつけた。


ファッションの領域が広がる

 ファッションの意味も変わり始める。アパレルブランドは、頭の先から足元までをファッションととらえて、靴やバッグ、帽子、ストール、アクセサリーなどファッション商品としての雑貨の品揃えを充実した。

 同時に生活空間にもファッションの概念が入り込み、ライフスタイルという言葉が登場した。消費者は好みのブランドやショップの世界観を取り込んだ、おしゃれな暮らしを求め始めた。いまや衣食住すべてがファッション業界のフィールドとなった。

 服そのものも外見を装うだけでなく、生活の質や利便性を高めるものへと移っていく。90年代後半にブームになった〝ババシャツ〟や、その後に大ヒットした「ヒートテック」に代表される薄くて暖かい機能性インナーは、暖かさのために着膨れていた冬の装いを一変させた。スポーツのような特殊な用途向けだった機能素材が一般に普及し、生活者の快適な暮らしを支えた。ユニクロが自らの服を生活に根ざした服として〝ライフウェア〟と呼ぶのは象徴的だ。

 無理をしないおしゃれ、快適なおしゃれの普及に貢献した繊維として忘れてはならないのが、スパンデックス(ストレッチ繊維)だ。ジャストフィットしながらも窮屈でない着心地を生むストレッチ機能は、知らず知らずのうちにあらゆるアイテムに入り込み、快適な生活を支えている。

グローバル化、ボーダーレス化

 世界のどこにいても同じ店のコーヒーが飲め、同じ店のハンバーガーが食べられるように、グローバルブランドの商品は世界中で同じものが手に入るようになった。国境を越えることがたやすくなり、国と国との距離はこの30年で格段に縮んだ。特に劇的な変化はインターネットやスマートフォンの普及による情報のグローバル化だ。あらゆる情報が、どこにいても、誰にでも、時差なく、簡単に入手できるようになった。

 モノ・コト・情報のグローバル化・ボーダーレス化は、均一化・同質化と同義ととらえることができる。一定のレベルのものに、たやすくアプローチできるようになった。しかし、それだけですべての消費者を満足させることはできない。世界を市場にシェアを広げるグローバル企業以外は、いかに独自性を高めて差別化するかが、企業・ブランドの存在意義そのものとなる。マスカスタマイゼーションやサブスクリプションなど新たなキーワードも生まれているが、パーソナライズ対応を可能にする技術革新は日々進化し、多様化・細分化する個人にアプローチする武器となる。

 一方で温暖化や海洋プラスチック汚染など、地球上の全ての国や企業、個人すべてが一丸となって取り組まなければならない課題も浮き彫りになった。15年にはSDGs(持続可能な開発計画)とパリ協定が採択された。繊維・ファッション業界も例外ではなく、企業運営や商品開発において、地球や社会を持続可能にする視点は外せないものとなっている。

 ユーザーの一人ひとりを見るミクロの視点と、地球規模の課題を見るマクロの視点。どちらもこれからの時代の繊維・ファッションビジネス企業が持たなければならない視点だ。時代の空気をとらえる感度を磨き、柔軟に素早く対応できる企業だけが、新しい時代に必要とされる。


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