「継続するのは奇跡的なこと」ミナ・ペルホネン

2015/12/07 15:38 更新


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新しい価値を見つけたい

バトンを渡すラストスパート

 デザイナー皆川明が率いるブランド「ミナ・ペルホネン」は今年、20周年を迎えた。詩を感じさせる柄と温かみのあるテキスタイルで、多くのファンを引きつけてきた。5月に開いた20周年記念の展覧会「ミナカケル」の初日は平日にもかかわらず1500人が来場した。ファッション業界で、ファンとともに成長しながら20周年を迎えられるブランドはそれほど多くない。スタイルを維持しながら、活動の範囲を広げ続けられる理由はどこにあるのだろう。皆川の物作りに対する考え方やブランドに対する姿勢に迫った。(青木規子)

 「自分は100年ブランドの第一走者に過ぎない」と話してきた皆川。自分たちのクリエーションを完成し、継続するため、テキスタイルや縫製など物作りに関わる〝チーム〟を大事にすることでも知られる。走り始めてからの20年で、どんな風景を見ているのだろう。


喜んでもらう物を作らないと先がない

 一緒に物を作る人との協力関係を深めながら、お互いに経験値を高めて、時間や労力を惜しまず最善を尽くして作る。そのことを一番に考えてきました。ブランドの価値は、お世話になった人との信頼関係です。お客さんには、こういう姿勢を認めてもらっているように思う。ただ、まだ20年。20周年は一つの区切りに過ぎません。

 今は、次の世代に向けたマインドを作る最後の時期と考えています。駅伝でいえば、もうバトンゾーン。ベストな走りでラストスパートに入りました。

 次を担う人たちは、もうじき自分たちがブランドを担わなければいけないと実感していると思う。僕もしょっちゅう、話していますし。将来的には僕にはできないことをさらに次の世代に受け継いで、100年企業を続けてほしい。

 経営も適切なリーダーシップで引き継いで欲しい。後継者は家族でなく、社内という考え方も珍しいかも知れません。会社が単なる商品と見なされて売買される時代ですが、会社の運営は金銭を起点にした問題にしない方がいい。もしそうなれば、物を作っていられないと思うからです。街のお菓子屋さんなどと同じ感覚で、シンプルな方がいい。その上で、引き続き、1本の木が育つように育ってほしい。毎年、年輪を重ねて、枝葉が増えて、軸になる根っこは支える分だけ太くなればいい。

 商品の開発は、ブランドを継続するためのエネルギーです。喜んでもらう物を作らないと、先がない。人が売った物で成長することはないんです。だから、新しい価値を見つけたい。

 「簡素で心地良い宿を経営すること」を将来の夢に掲げていた。「物を作ることとサービスは同じ」という発見があったからだ。ブランドのリーダーを次世代に渡してからも、様々なサポートをしながら個人の活動も広げたいと考えている。

15~16年秋冬のコートは、カットジャカードの表現を深めた新作テキスタイル「ポトフ」で仕立てた(写真=木寺紀雄)
15~16年秋冬のコートは、カットジャカードの表現を深めた新作テキスタイル「ポトフ」で仕立てた(写真=木寺紀雄)

服作りは物質を通して行うサービス

 服作りは着る人に喜んでもらえる物質を通して行うサービスです。そのサービスのあり方を多様化した方がいいと思うから、宿も考えました。ファッションとインテリア、建築といった境界はそろそろ要らないでしょう。例えば、高級ホテルではおもてなしを「してもらう」のですが、僕たちが提案したいサービスはそれぞれが楽しく過ごせる場を作ること。たくさんのベクトルを持つことは幸せなことです。ランドスケープの美しさに気づけるとか、自分がリラックスできるとか、そういう空間を提案したい。

 タスキをつないだ後も、皆の力になれるように、図案を描いたり、工場の人との関係を作ったりしていきたい。余力が生まれれば、絵を描くこともあると思う。来年4月には、デンマークの家具屋さんと皆川明として取り組んだ家具をミラノ・サローネで発表します。こうした仕事も増えると思います。(敬称略)

皆川明(みながわ・あきら)

67年 東京都生まれ
89年 文化服装学院卒業
95年 「ミナ(現ミナ・ペルホネン)」設立
00年 初の直営店を東京・白金台にオープン
04年 パリでコレクションの発表を開始
06年 毎日ファッション大賞を受賞、デンマークのテキスタイルメーカー「クヴァドラ」からオリジナルテキスタイルを発売
07年 京都に直営店をオープン
08年 ホームランドリーで洗濯できるライン「ミナ・ペルホネン・ランドリー」を発売
09年 英「リバティ」プリントの10年秋冬コレクションで皆川明のデザインを発表
13年 京都に「ガッレリア」、長野・松本に直営店をオープン。スウェーデンのテキスタイルメーカー「クリッパン」との協業を開始
14年 インテリアファブリック「ドップ」を発表
15年 神奈川・湘南Tサイトに直営店をオープン。現在、直営店は10、社員90人

(繊研 2015/08/05 日付 19292 号 1 面)

テキスタイルの表現方法は無限


 「ミナ・ペルホネン」にとって、テキスタイルの存在は大きい。毎年、新しく制作する図案は約50。その柄を、長年タッグを組んできた約10の工場と連携し、新しい素材に落とし込む。

 20周年を記念した「ミナカケル」展では、これまで作ってきたテキスタイルを壁一面に展示した。デザイナーの皆川明は、未知の表現をどう獲得するのか、興味が尽きないと話す。

インテリアファブリックのバリエーションも増えてきた
インテリアファブリックのバリエーションも増えてきた

服と繁忙期の異なる分野に取り組む意義

 テキスタイルについては、能力の限界はないと思っています。表現方法は無限にあるからです。一つ作れば、また違うタッチが一つできたりして、常に新しい表現につながっています。一歩一歩進んで、実際、自分の手が成長していくのを感じています。

 視覚的な面白さだけでなく、素材としての物性的な新しい魅力を発見することも非常に興味深いことです。昨年、インテリア素材として発表した綿・ポリエステルの二重織り「ドップ」は、フラットな布ですが、摩擦強度もあり、5万回こすると、裏側の色がうっすらと表に出てくるようにしてあります。経年変化の価値を感じてもらいたかった。ミナの椅子や「レペット」のバレエシューズなどのほか、いろんなメーカーに資材として販売しています。

 その素材が誰かの役に立つことが見えていれば、物として成立します。インテリアにもともと興味がありましたが、服と繁忙期の異なる分野に取り組むことは、工場に仕事を頼む上でも意味があると思っています。

 1年を通して工場の稼働を考えて取り組むと、工場は10社が限界。増やすことは難しいという。お客の満足と同時に、仕事は作る者同士の「人生にかかわること」。互いの生活を継続するための努力で取引先からの信頼は厚い。服作りの現場での知見と問題意識の高さから、純正国産表示制度「Jクオリティー商品認証事業戦略委員会」の委員にも招かれた。

ミナカケル展ではこれまで作ってきたテキスタイルも展示した
ミナカケル展ではこれまで作ってきたテキスタイルも展示した

国産を売る手段にしたら意味がない

 工場の空き具合などは、何となく頭に入っています。今、仕事が切れているなとか。プリント工場だったら、オートプリントの発注は多いけど、手捺染は空いていそうだから、オーダーしようかとか。職人の手がなまらないようにしなければなりませんし、そんなことをパズルみたいな感じで考えていく。どんな理由であっても、工場が何かを作れなくなることが、僕たちの制約になったら、困るんです。

 工場は注文を受けて初めてやりがいになる。大変な時に生地を作ってもらったら、しっかり発注することも大切です。

 「Jクオリティー」のミーティングにも参加していますが、メード・イン・ジャパンではなくて、ジャパン・クオリティーを本質にしなければいけないと思います。単なる売る手段にしてしまったら、意味がない。恐らく、アパレルメーカー側が信頼を回復する時期が必要でしょう。発注するアパレル側が自分たちの都合で付き合ってきた工場にしてみれば、何で今さら、という気持ちもある。でも、これからは、お互いの利益を考えて、ともに根気強く作って売っていくことが重要なんだと思います。(敬称略)

(繊研 2015/08/06 日付 19293 号 1 面)

継続するのは奇跡的なこと

 「ミナ・ペルホネン」はデビューから20年間、ほぼ右肩上がりの成長を続けてきた。売り上げを落としたのは1度きり。自分たちの作りたいものを追求すると同時に、「売れること」を誠実に考えて発信してきた。

 パリ進出や多店舗化など多くのターニングポイントを経て、今にたどり着いた。「ブランド全体が揺らいでしまうような苦しさは、感じたことがなかった」という皆川。事業環境やトレンドの変化に流されず、スタイルを維持して伸びてきた要因は何だったのだろうか。


他社と比較せず、自分たちの方法で

 他社と比較せずに、自分たちの方法を見いだそうとしてきました。例えばセカンドラインを出すのではなく、アーカイブの店を出したり、余った布を再生したり。10年続けてきたパリの展示会では、自分たちで直接バイヤーと取引して、PRも特別つけずに発表しています。自分たちの考えから生まれた方法を少しずつ育てることが、成長につながったように思う。

 もちろん、たくさん買ってもらえた方がいい。だから、気軽に買えて家で洗えるラインも出しました。最善を尽くして作るという軸をぶらさずに、必要とされた上で売れるという状況を目指してきました。

 経営者でもある皆川は、金融機関から大きな借り入れをせず、自己資金で賄うスタイルを貫いてきた。この「数字的な結果をプランしない」手法が、結果的に「会社全体のストレスにならなかったかも知れない」と言う。

1号店のミナ・ペルホネン白金店はいつも心地よい空気に包まれている
1号店のミナ・ペルホネン白金店はいつも心地よい空気に包まれている

社員90人が暮らす糧を作る

 ファッションという仕事は流動的です。注文を受けてから新作を作るのではなく、頼まれもしないサンプルを作ってから注文を受ける。共感者がいて初めて成立するビジネスなので、最初はクライアントがいません。それを毎シーズン継続して、社員90人が暮らすだけの糧をいただくということは、ほとんど奇跡です。偶然の繰り返しだと思った方がいい。

「良い人間関係」の仕事が工場とミナを結ぶ(写真=L.A.TOMARI)
「良い人間関係」の仕事が工場とミナを結ぶ(写真=L.A.TOMARI)

 そもそも経営の資質が自分にあるとは思っていないので、運用などもしないんです。物作りに専念することが、会社にとって自分を生かす一番の方法なので、お金の問題が発生しないようにやってきました。たまったキャッシュフローは、もしも災害などで半年や1年、物作りができない状況になった時のために、みんなが生活できる分としてプールしています。物作りで生み出した売り上げで賄う。すごくシンプルな話です。

 自分は不器用な方なんだと思います。習得するのに時間がかかる分、人よりも考えることが多かった。毎日、悩んでいるけれども、それで不安に思ったことはありませんし、諦めもしない。次のアイデアのきっかけやチャンスも多いからです。もっと良くするためにはどうすればいいかと、探究することが癖になってきたんだと思います。固まって止まってしまうより、揺れながらもモビールみたいな動力でずっと進んでいきたい。(敬称略)

(繊研 2015/08/07 日付 19294 号 1 面)

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