「仮縫ひの虫ピン付きてゐしドレス殻より抜けるごと人が脱ぎゆく」。これは昨年末、出版された『釦(ぼたん)』(現代短歌社)という歌集の中の一首だ。旧仮名遣いではあるが、ファッション業界の方なら、すぐに光景が浮かぶに違いない。一着の服を丁寧に仕立てていく過程の一場面。注文主の体に沿って完成を待つ服が抜け殻のようでもあり、その殻を壊さないよう、そっと脱いでいそうな動きに親しみがわく。
作者は水野和子さん。1927年生まれのデザイナーであり、ブティックのオーナーだ。92歳の今も仕事場に立ち、プライベートで長い間続けてきた短歌を初めて一冊にまとめたらしい。夫はデザイナーの水野正夫氏。正夫氏が亡くなるまでの介護も多く詠んでいる。戦後まもなくパリに渡った当時のものをはじめ、粋でかっこいい短歌が多い。押しつけがましさや、説教くささなど無縁の歌集。
そんな中で目についたのが、「宅配便始めて女性の手より受け頑張って下さいなんて言ってしまひぬ」。おそらく普段なら見知らぬ人に、こんな声はかけないのだろう。しかし、仕事を持って懸命に生きてきた同性として、エールがこぼれたのではないか。
3月8日は「国際女性デー」。素敵な先輩の人生に触れたり、改めて女性の生き方を考えたり。そんな時間を過ごしてみるのも、楽しそうだ。