「ダブレット」の井野将之はLVMHヤングファッションデザイナープライズ(以下、LVMHプライズ)の18年度グランプリを受賞した、話題のデザイナーだ。LVMHプライズ5回目にして、初のアジア人によるグランプリ獲得となる。
「言葉遊びゲーム」を意味するダブレットは、そのブランド名にたがわず、ユーモアいっぱいのクリエイションで着実に市場を広げている。そのクリエイションとビジネスのスタンスを聞いた。
(小笠原拓郎編集委員)
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小笠原 LVMHプライズ受賞おめでとう。言語を超えたユーモアが通じましたね。だって、審査したカール・ラガーフェルドが笑ってたって言うじゃないですか。
井野 はい。カールさん、笑っていただきました。このインスタントラーメンのカップの中に水を入れるとTシャツができるっていうデザインがウケましたね。お湯を入れると縮んだりするので、「ドント・ユーズ・ホットウォーター」って書いてあります。このラーメンの後に、ハンガーの形に圧縮したTシャツを続けざまに見ていただいたら、笑っていただけました。「がははは」ってね。カールさんとちゃんと会話をしようっていうのを目標にしていたんです。「あわよくば笑いを」って思っていたのですが、そこで達成できちゃったので、その瞬間にやり切ったって思いました。

小笠原 これはTシャツ作ってから、どうやって固めるわけ?
井野 Tシャツ作って、きれいに畳んで丸めて型に入れて圧力で固めるんです。小さな頃の思い出で、水に入れるとすごく大きくなる恐竜のおもちゃがあって、それを思い出してたら、お土産屋さんで手ぬぐいがハトになっているのを発見したんです。広島の工場で作っていることが分かって、すぐに行きました。「ハンガーの型のような、こんなに大きいサイズを作るのは初めてだ」って言われたのですが、やってもらいました。あれが失敗してたらLVMHプライズは獲れてないですね。あの工場のおかげです。
でも、固めるっていうのを思いついたのも本当にラッキーだったんですよ。毎シーズン、そんな新しいこと、そうそう出ないんで。本当に年に一回あるかないかです。
小笠原 ユーモアが言葉ではなく、すっと国を超えて伝わっていくのは難しい。それが出来るといいよねって思っています。だから今回は、本当に良いよね。すぐに笑顔になるから。物を作る上での発想やこだわりはあるのですか。笑わせてやろうというような気持ちとか。
井野 笑わせてやろうとまでは、なかなかいかないですね。万国共通で通じるもの、できるだけやりたいことをシンプルに出すこと、ストレートに飾らないで出すっていうことに心掛けています。このカップ麺のパッケージにしても、写真をつけたりとか他の手法もあるんでしょうけれど、もっと瞬間で感じれることを大事にしたいっていうのがありました。毎シーズン、テーマのようなものがありながら、半分は前回のアップデートのようなものの作り方です。19年春夏のテーマは「1、2、3、Dー!」でした。
小笠原 結局はブランド名通り、言葉遊びからクリエイションは始まるわけですか。

井野 だじゃれだったりしますね。「1、2、3、Dー(ダー)」ですから。これは海外に通じないんだけれど、それでもいいかって。あそこの壁に張ってあるマイケル・ジャクソンの写真も、春夏のテーマが3Dだったので、立体裁断でマイケル・ジャクソンのムーン・ウォークの形のパンツができたら面白いなって思ったのです。ムーンウォークパンツってね。
小笠原 ははは…。それで、それ形になったの?
井野 いや、はくと無理が出るなって思ってやめたんです。作るために関節の動くマネキンを購入して、どういうふうにしたらよいか考えてみたんですが、不発に終わりました。初めは、イヤミ(赤塚不二夫漫画)の「しぇー」の形がいいかと思ったのですが、それだとやっぱり国際的に通じないと思いまして。マイケルなら通じるかと思いましたが出来なかったですね。そんな感じのデザインの考え方です。今、気になっていること、やりたいことからテーマが見えてきて、その流れで徐々にチームになれるように作っていきます。
小笠原 マイケル・ジャクソン、形にして欲しかったな。
井野 足を伸ばすともうすごく突っ張っちゃうんですよ。初めの形が極端すぎて。
小笠原 でも、昔の「リーバイスレッド」みたいな立体的な形にできなかったかな。
井野 そんなイメージだったんですよ。それで最終的にそれに近いパターンにしたんですけれどね。ツナギで出来たら面白かったんですよね。ツナギでマイケルのポーズになっているっていうパターンです。でも着づらいんだよなって。
小笠原 着づらくてもいいんだよ。着づらくても着たいものっていうのがファッションの本質でもある。美しさを追求していくと機能的に無理になるところもある。それでも美しさを選ぶっていうこともファッションの一つの側面ですよ。

井野 でもそういうものって、着る頻度は減りますよね。毎日着られるものがいいんですよ。
小笠原 今の売り先はどれくらいあるんですか。
井野 海外で20店ちょっと、日本30店ちょっとです。海外は初めの頃から日本に来てくれるアジア圏の店はずっとやっていて、パリの展示会に出たのは2年前です。そこからヨーロッパやアメリカも少しずつ増えています。パリのコレットから始まってドーバーストリートマーケット全店で扱っていただいているのもあって、なるべくハイファッションのイメージの売り場で扱っていただこうと思っています。先日はシンガポールのドーバーストリートマーケットの1周年記念だったんですが、雪を降らせてきました。
小笠原 本物の雪?
井野 いやフェイクなんですけれど。この白い粉を水に入れると雪っぽいものになるんです。持ち込みが大変でした。粉の感じが危険だなーって。雪にした時に300ガロン、1斗缶で60個分の雪になるように段ボールで運んで、常夏の国に雪を降らせました。秋冬の商品を売るので少しでも寒い気分でお買い物をしていただこうと思いましたし、子供たちは初めて見る雪のように喜んでくれました。

小笠原 万国共通でユーモアが伝わるものって、店でポップアップをする時も伝わりやすいよね。そういうふうに売り場でユーモアだったりエモーショナルな何かが伝わるっていうのはすごく大事だよね。
井野 そうなんです。ファッションショーを1回するよりも、費用はかかってもお店で何かやることで、売り上げが伸びる。今は情報が回るのがすごく早いので、そのお店のインスタレーションのようなことが、一気に世界中に伝えられる。
小笠原 LVMHプライズも受賞して、直営店を出したり出荷を外注に任せたり、新しい投資を考えてもいい時ですよね。
井野 貧乏性じゃないですが、今も出荷を自分たちでやっています。その方がちょっとしたひと手間ができる。海外への荷物の段ボール全部にありがとうってイラストを描いたりして送っています。大きいブランドはそういうことができないけれど、僕らの規模だからできる。そういうことをやりたい。
それに、全く直営とか思わないんですよ。直営店って、後出しじゃんけんみたいで嫌なんです。自分が初めに直営店出して、お店を広げるならいいんですよ。でも、卸で扱ってもらっているお店に顧客さんを広げてもらって、それからの直営店ってずるくないですか。だから自社のウェブでの販売もしたくないんです。面倒くさい頑固なんです。それだったら、お店と一緒にポップアップやイベントをやる方がお互い楽しい。
小笠原 生真面目だなー。今回も、LVMHプライズを受賞したのに、ほとんど取引先を増やさなかったって聞きました。
井野 以前から見に来てくれたり、コンタクトしてくれた店で、いいタイミングだって思った3、4店は増やしました。でも、いろいろ連絡をもらった絶対数からすれば、ごくわずかです。LVMHプライズの影響力を考えれば20店増やすことも簡単だと思ったんですが、やっぱりそういうのじゃない。値段も安いものじゃないし、そんなに売れないですよ。まだブランドの力が全然足りないので、そんなに市場にあったら余るだけです。余ってセールになったら、プロパーで早めに買ってくれたお客さんは嫌だろうなって思いますから。
でも、既存のお店のオーダーが増えたので、そっちがうれしいです。どうやって売るかっていう取り組みも出来るし、ポップアップも今回のはやりやすい。まあ、でもハンガー型のTシャツとかは試着できない服なんで、それも失礼な話だとは思います。お客さんはお店で試着して、買っていくものなので。お店とお客さんの架け橋になるような何かを考えないといけないですね。

(繊研新聞本紙8月23日付)