【知・トレンド】《入門講座》「中小企業と事業承継」③ その不全がもたらす損失
本連載の第1回では、いくつかのデータから、多くの企業が廃業の瀬戸際にあることを示しました。今まで存在していたものが消えてしまう。だから守らなければならない。感覚的にはわかりますが、これでは事業承継を支援する意義としては不十分です。
では、なぜ事業承継が重要なのでしょうか。それは、二つの面に大別できます。「しなければマイナスとなる」という面と、「したほうがプラスとなる」という面です。
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今回は、「しなければマイナスとなる」面について考えましょう。これには、少なくとも三つの点が挙げられます。
第1は、雇用の喪失です。規模の大小にかかわらず、企業は雇用の受け皿となっています。中小企業で働く人は、全従業員数の約7割を占めています。大企業の拠点が少ない地方圏であれば、その割合はさらに高くなります。
もし、働いていた職場がなくなってしまえば、職を失う人が出ます。数千人を雇用している大企業が倒産したり工場を閉鎖したりすると社会的な問題になりますが、数十人を雇用する中小企業が100社単位で廃業しても、それと同じくらいの大きなインパクトがあります。
第2は、地域のインフラの崩壊です。近年は大規模店に押されているとはいえ、小規模な店は、地元住民の生活を支える重要なインフラであることに変わりはありません。どの街にでも、総菜店や青果店、書店、美容室など、街並みを形づくり、顧客でにぎわう小さな店があるものです。
これらが廃業してしまえば、生活に支障をきたす人も出るでしょう。シャッター街となれば、通りを行き交う人が減り、地域の活力も失われてしまいます。ひいては自治体の税収が減少し、中長期的にみれば地方財政を圧迫することにもつながりかねません。
第3は、産業の競争力の減退です。どんな企業も、川上から川下に向かうサプライチェーンの一角を構成し、産業を支えています。特殊な技術やノウハウを有し、代えの利かない中小企業も少なくありません。
極端にいえば、ある企業が廃業し、ねじが1本つくれなくなったばかりに、元請企業もろとも仕事を失うことだってあります。そうなれば、地域全体にとって、さらには産業全体、日本経済全体にとって損失です。
自分で起こした企業なのだから、続けるのも畳むのも自由だとの考え方もあるかもしれません。勤務者であれば、退職することに対して周りからとやかく言われるものではないでしょう。
ただ、企業を背負う経営者には、そうともいえない事情もあります。松下幸之助は、「企業は社会の公器である」という言葉を残しました。企業の生死は、経営者個人の問題であると同時に、経済や社会の問題でもあるのです。
(藤井辰紀日本政策金融公庫総合研究所グループリーダー)
(繊研新聞本紙2018年11月26日付)