SNSが浸透する前の10年代前半は、クリエイションの美しさを純粋に競う舞台として欧州のファッションウィークが機能し、デザイナーブランドへの憧れが世の中にあった。ここのがっこうの初期の生徒たちには「そこで勝負したいと、頂点を目指すエネルギーの強さがあった」と山縣良和は顧みる。彼らは東京のファッションウィークで「東京ニューエイジ」としてデビューを果たす。日本のファッション史に刻まれる存在となった。
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