コロナ下での入国制限が緩和され、都心や全国の観光地は多くの外国人観光客でにぎわいだした。長い長いトンネルを抜け、企業活動や人びとの生活にようやく光が差し始めたかと思われるが、そこに以前と同じ景色はない。誰もが想像しなかったパンデミック(世界的大流行)という事態を経験し、あらゆる物が変わった。消費においてはECの存在感が高まり、働き方はテレワークなどデジタルを前提にシフト、大量生産型の物作りも壁にぶつかる。危機に直面し、会社の存在意義や仕事の意味も問い直されている。
社長自ら殻を破る
レディス専門店「アクシーズファム」を運営するアイジーエーの五十嵐昭順社長は悩んでいた。自身も企業経営の危機を感じていたが、従業員の間にも「この先、会社はどうなるのか」と不安が渦巻く。これまでも、3代目として自身の考えや方向性を社員に発信してきたつもりだったが、それが社員に響いていなかったことをコロナ禍で思い知らされた。
そこで改めて、自分の考えや思いを動画にし、社員に配信。現場スタッフからは「遠い存在だった」と言われ、コミュニケーションも一から見直した。店舗視察の際には率先して接客にあたるようになり、顧客やスタッフとの写真撮影にも気さくに応じる。札幌では店主導で社長来店イベントを企画し、盛況に。ブランドの応援者である顧客との会話は「ヒントがたくさんあり私たちが忘れてはいけないもの」と気づきになった。
アクシーズファムは昨年20周年を迎え、ダイバーシティー(人材の多様性)をテーマにさまざまなイベントを実施した。創業の地である福井では、地元のLGBTQ(性的少数者)団体などとともに行ったファッションショーで五十嵐社長自ら女装してランウェーを歩き、多様なファッションを発信した。
五十嵐社長自身の殻を破っての数々のチャレンジに、社員の意識も変わってきた。アニメ好きな社員にショーを任せたこともある。失敗もあるが、「何でもやっていい。まずは踏み出して実行することが大事」。
「現状維持では先ない」
織物製造で国内最大手の丸井織物(石川県中能登町)はコロナ禍もきっかけに、以前から構想した〝アジャイル生産〟への転換を強めている。
アジャイルとはもともとソフトウェア関連で使われる言葉で、「素早く」「機敏に」を意味する。織物生産は糸加工、準備、織りと多段階でリードタイムが長く、通常は同一品番を作り続けることが最も効率がいい。一方、アジャイル生産はロットの大小に柔軟に対応する全く新しい仕組みで、大量生産を追求する従来の常識に真っ向から挑むものだ。
「『アップティー』での経験が、〝オンデマンド〟の考えをもたらした」と宮本米藏副社長は話す。15年に新規事業として始めたアップティーはオリジナルTシャツをスマートフォンで1着から作成・注文できるサービスで、18年の売上高9億円が22年度に40億円強とコロナ下で急成長した。オリジナル商品の即配も当たり前に受け止める消費者の変化を肌で感じ、現状維持では先がないと危機感を深める。
プリントTシャツのアップティーは、長繊維織物を製造する丸井織物にとって直接のシナジーは見えづらい。しかしこれが、社内の風土を確実に変えつつあるという。昨年、初めて社内のビジネスコンテストを開催、「無理やり応募させたわけではなかった」が、64件のエントリーがあり、中には経営陣も驚くようなアイデアが複数上がってきた。消費者向けの新サービスを志向する物も多く、今年、ここから6件を実際に事業化する考えだ。「最終的にはアップティーのような製品と生地生産がつながる未来も考えられる」とし、消費者を起点にした製造販売モデルへの転換を模索する。
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変革の重要性は以前から指摘されてきた。一方で、変わることは容易ではない。コロナ禍の経験は私たちに問いかける――〝会社は変わりましたか。あなたは?〟。