ハイエンドでスタイリッシュなキャンプ用品メーカーとして知られるスノーピークが、株式上場を機に新たな成長戦略を描き始めた。
都市空間におけるアウトドア体験や、大自然の中でのラグジュアリーな移動式宿泊棟設置など、キャンパー以外も対象にした新サービスを構想する。
自然指向のライフスタイル提案を進める同社の強みと経営戦略などを山井太社長に聞いた。
少数で玉数多く、アウトドアで世界一の開発力
――増収増益が続く。好調要因をどう分析する。
人々の自然志向の高まりに加え、「スノーピーク」の知名度アップが寄与しています。10年ほど前はいくつかのブランドを経て、ようやくスノーピークにたどり着くお客様が多かったのですが、ここ1、2年は一番初めにスノーピークを選ぶお客様が増えてきました。
例えば現在、お客様から支持されている商品の一つに、アメニティドーム(ファミリーテント)があります。これはキャンプ初心者が一番初めに購入するテントとしてチョイスできるよう、戦略的に価格を低く抑えたものです。09年に税抜き3万3143円で提供していましたが、現在は2万9800円で販売しています。
当社は問屋を介さない流通政策をとっており、さらにユーザーに直接販売する直販比率が売上高全体の15%ほどを占めています。そのため、他社より流通コストが少ないのです。仮にアメニティドームを他社と同様の流通に乗せたら、6万~6万5000円はするでしょう。さらに当社でも本来であれば4万円くらいで売らなければいけない商品ですが、1万円はプロモーション費用として織り込み、この価格に設定しているのです。
この戦略が奏功し、昨年日本だけでアメニティドームを2万張販売しました。一般的にオートキャンプの市場規模が450億円と言われていますから、1商品で市場の1・5%のシェアを占めているのはすごいことです。我々は昨年、ポイントカードの会員を新規に2万8500人増やしましたが、そのうちの2万人はアメニティドームの購入者です。このことからも、この商品戦略は当たっていると思っています。
さらに彼らがリピートし、ロイヤルカスタマーとしてステップアップする仕組みもうまく回っています。当社の製品群はシステムデザイン化されていますので、このアメニティドームを核に、タープやファニチャーを買い足していくことができます。数字にも表れていて、全国に60あるスノーピークストア(直営店とインストア)の既存店売上高は、14年12月期が前年同期比20%増だったのに対し、第1四半期(1~3月)は37%増とペースが上昇しました。
――問屋を介さない流通政策を敷くようになったのは。
98年に初めて開催したキャンプイベント「スノーピークウェイ」の参加者ほぼ全員から「価格の高さ」と「品揃えの悪さ」を指摘されたのがきっかけです。以降、問屋との取引を一切やめ、小売店も1000から250に絞り込みました。しかも、取引店舗は1商圏に1店舗、我々の全商品を置いてくれるところに限定したのです。その結果、価格は平均35%下がり、テントであれば8万円から5万9800円へと下がりました。当然、社内外の反発は大きいものでしたが、フィードバックを寄せてくれた顧客の不満に応えることこそが我々の唯一の誠意だと思い、実行したのです。
――製品の開発プロセスもユニークだ。
当社は一つの製品について企画段階からデザイン、製造ラインにのせるまでを1人の開発担当者が手掛けます。我々のミッションステートメントにあるように自分たちだけでなく、お客様自身も誇れるものを作るとなると、分業ではできません。しかし、一人が開発プロセスの全工程に介在する場合、製造に関するすべてを知らなければいけません。
そのため当社ではデザイナーが入社すると、たいてい製造を担う協力工場を20~30社回らせ、現場で実際に作業をさせています。ここ燕三条地区(新潟県)は金属加工会社が2000~3000社あります。おのおのの会社におのおののノウハウがあり、例えば、ある厚みの板を曲げるのに必要なアールの寸法や、これだけの強度を出すには厚みがどれくらい必要かといった経験値がたくさん落ちているのです。現場でそういうことを教わり、試作を重ねていくのです。
さらに当社の場合は、テストも担当者の責任で行い、永久保証が付けられる品質まで高めていきます。もちろん、すべてを一人に任せるわけではありません。マイルストーンごとにチームでディスカッションをして、多くの人の目でチェックをし、一人の能力以上の付加価値を付けていていきます。
現在開発メンバーは、ギアで8人、アパレルで5人、新規事業で3人。全社員の10%を企画・開発系のチームに配置するようにしています。今年であれば、ギアで71、アパレルではそれ以上の新製品をこのメンバーで作り出しています。少ない人数で球数多く、しかもクオリティの高い、まったくの新規開発商品を出しているので、アウトドアメーカーの中では世界で1番、開発力がある会社だと思っています。
開発陣には三つのスキルを求めています。一つ目はデザイナーとしての技量。二つ目がユーザースキルの高さ。これは本人自身がものすごくアウトドアを楽しめる能力を持っていることです。三つ目が製造技術に対する理解。これはエンジニア的なノウハウです。この三つを備えていることがスノーピークの開発者です。とはいえ、初めから三つの要素を備えている人はいません。特に3番目は皆、燕三条の町工場に押し込まれ、コワイ親父たちに「バカヤロー」とか「そんなことも分からないのか!」などと言われながら育っていくパターンが多いですね(笑い)。そして、こうした経験を経て育ち、3要素を備えた人材は当社にしかおらず、だからデザインは外注することができないのです。
■スノーピーク 父の山井幸雄氏が金物問屋として1958年に創業し、その後オリジナルの登山用品やアウトドアレジャー用品を手掛けるようになる。88年にオートキャンプ事業を立ち上げ、SUV(スポーツ用多目的車)に乗って出かけるキャンプ需要を開拓。オートキャンプブームを巻き起こす。ブームがおさまるとともに売り上げが低迷したが、98年に初開催したキャンプイベント「スノーピークウェイ」で参加者の声から経営改革のヒントをつかみ、00年から業績が回復。14年12月に東証マザーズに株式上場を果たした。
新たなシーンやスタイルを提案し、他社には見られない製品を作り上げる企画開発力に定評がある。製品の45%を金属加工業が盛んな地元・新潟県燕三条地域で製造している。「スノーピーカー」と呼ばれる熱狂的なファンも多く、ポイントカードの会員数は15年3月末時点で12万1000人、年間購入金額20万円以上のロイヤルカスタマー率は6.7%に及ぶ。問屋を通さず小売店と直接取引し、15年1月末時点の直営店舗数は11。同社スタッフが運営する販売形態の売り上げ構成比は52%に上る(14年12月期)。
業界全体で見ても人口の6%しか癒やせていない
――成長戦略について。
今後は新規事業にも力を入れていきます。株式上場により、各所からアライアンスのお申し込みが増えており、既にいくつかのプロジェクトが進行中です。
一つはアーバンアウトドア事業。自宅庭やバルコニー、近所の公園など、身近な屋外シーンで自然を感じられるコンテンツや商品を提案するもので、都市居住者やキャンプをやらない人にもアウトドアを楽しめるものです。既に始めているサービスでは、直営店でのレンタル。例えば、武蔵小杉店では近隣の公園でママ友同士が芝生の上でお茶を楽しめるようマットやコーヒーカップなどを貸し出して、結構利用されています。このほか、ウッドデッキや屋上などを活用した住まいにおけるアウトドアシーンの創造も検討しており、セキスイハイムや「ベス」で知られるアールシーコアといった住宅関連メーカーとの連携も始まっています。
既存のオートキャンプ事業はレジャーの1カテゴリーとして確立しましたが、業界全体で見ても人口の6%しか癒やせていません。他の94%はキャンプをしないので癒やせない。ならば「非キャンパーにも自然とつながる機会を与えたい」というのが、この事業を発案した動機です。
もう一つは「グランピング」(グラマラスキャンピングの略)と呼ぶ旅行手段の提案。いわばぜいたくなキャンプのことで、欧米では既に確立しているカテゴリーです。通常のキャンプと違い、居住スペースは我々側があらかじめしつらえ、利用者はそこに来て、自然の中で過ごすというものです。イメージはアウトドアにおけるスイートルーム。美しい自然を楽しめるスポットの、最も旬な時期を選んで移動式の宿泊棟を設置し、サービスを提供します。宿泊棟は、折り畳めて移動ができる大型テントを、建築家の隈研吾さんと共に製作中です。事業化は来年の予定ですが、今年は試験的に1、2回、どこかで開催します。事業が本格化すれば、1カ所につき2週間程度営業し、全国を巡回します。対象ユーザーは、ファミリーキャンプを卒業された方。宿泊料は1人1泊5万円ほどを想定しています。
――14年秋冬からアパレルにも参入した。
役割はキャンプ事業とアーバンアウトドア事業をつなぐブリッジ。一番初めに火がついたのは、スティーブンアランなどアメリカのセレクトショップです。セレクトショップではこれまでもアウトドアアパレルを取り扱っていますが、「テントとホームを行き来する」ことをコンセプトとする服はありませんでした。登山用でもなければ、カヌー用でもない、いってみればスノーピークの土俵でアパレルもデザインしています。作りの良さも差別化につながり、ほとんどが国産の素材を使い、縫製も60%が国内です。
アパレル売り上げの販路構成は、スノーピークの直営店で2分の1、アウトドアチャネルとセレクトショップで4分の1ずつ。日本でも「アーバンリサーチ」や「ジャーナルスタンダード」などでも取り扱われ、新規チャネルの開拓に寄与しています。
昨秋冬の売れ筋の一つがウールフリースのジャケット。フリースというとポリエステル製が一般的ですが、たき火で火の粉が飛んでくると生地が溶けてしまいますので、スノーピークではウールを採用しました。結果的に街着としても使える高品質なアパレルになったと思いますね。
上場後もぶれない。ユーザーの幸せこそ企業価値
――事業構成のイメージは。
5年後に全社売上高300億円を目指していますが、その半分となる150億円をこれら新規事業で占め、うち100億円をアパレルで構成する計画です。東京・丸の内のキッテにほぼアパレルによるショップ(約100平方メートル)がありますが、今後このフォーマットをスケールダウンした65平方メートル規模のアパレル単独店を多店化していきます。立地は路面もあるし、モール内出店もありえます。
――既存事業も今の3倍にする。
この4年間、毎年20%ずつ増収しています。今後もマーケットは拡大していることが予想されていますので、このペースを維持すれば難しい数字ではないと思っています。
――海外事業については。
前期末で全売上高の33%を占める海外売り上げは、5年後をめどに50%まで高めたいと思っています。現状、韓国と台湾、米国に拠点を構えるほか、欧州やオセアニアの17、18カ国にも輸出しています。それぞれの国でシェアを高めます。今後5~10年スパンで見れば中国本土や東南アジアなども参入すべきエリアになっていくと思います。
――理念に基づく経営実践を徹底しているが、これとたえず数字を求められる上場との兼ね合いについてはどう考える。
スタンスは明確です。まず一番初めにあるのがミッションステートメント。これが先にあり、それに基づくスノーピークらしいビジネスを仕掛けていき、ユーザーを幸せにし、社会にも貢献した結果、売り上げと利益も上がり、配当もできて、企業価値が上がる、という順番です。会社によっては上場を果たすことで、企業価値を上げることにフォーカスするところもありますが、我々はぶれません。譲れないのは「ユーザーを幸せにすることが一番」ということ。これと違うことを求める方が出てくれば、我々のビジネスを阻害する方です。ですので、そこはぶれる必要はありません。ユーザーを幸せにすれば、企業価値があがる会社だと思っています。
ちなみにこのミッションステートメントは、89年に策定したもの。88年にオートキャンプ事業を立ち上げ、これが本業になると予感していたので、その時点で自分たちの「真北」となる方角(理念)を定める必要があると感じて作りました。以来、26年間一文字も変えずに今に至っています。
《取材後記》
「ミッションステートメント」という言葉が何度も出てきた。「自然指向のライフスタイルを提案し実現するリーディングカンパニーを」「自らもユーザーであるという立場で考え、お互いが感動できるモノやサービスを提供」といった指針が掲げられた同社の経営理念だ。
この理念の徹底ぶりには驚かされる。取材で訪れた三条市の本社は、約16万5000平方メートル、東京ドーム4個分もの広さのキャンプ場の中にある。ユーザーの間近で働くことを日常とするのが狙いで、そのために売上高がまだ28億円だった11年当時に、17億円もの巨費を投じて建設した。正直「ここまでやるか」とあっけにとられたが、それだけこのミッションを重視している証拠。経営理念を策定しても、日頃からそれを意識する経営者は多くはない。しかし、26年間、このミッションステートメントの文章を一文字も変えずに成長してきた同社の歩みは、「理念経営」の大切さを物語っている。(杉江潤平)
この記事は、6月9日付繊研新聞の
【ホットシート】今日のゲスト スノーピーク社長山井太さん 非日常のアウトドアを生活シーンに近づける
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