人が落ちても、ショーは続く(若月美奈)

2014/09/24 14:33 更新


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25年間コレクション取材をしているが、これほどショッキングなことはなかった。

なんたって、ショーの最中に体育館ほどの高さの天井がバリバリっと大きな音をたてたと思ったら、半透明の屋根が割れ、男性が落ちて来たのである。

ロンドン・コレクション最終日の9月16日、午後1時過ぎ。トップショップがスポンサーとなり若手デザイナーに会場を提供しているトップショップ会場での出来事だ。

 


中央の屋根が壊れてぶら下がっているところから男性が落下した

 

いつにない過密スケジュールでありながらも、今後が楽しみな新人のデビューも多く、何よりも晴天に恵まれたハッピーな今シーズン。3人の若手の合同ショー「ファッションイースト」は、その最終日にふさわしい清々しい雰囲気でスタートした。

1人目は両胸に「×」をつけたパステルカラーのオーバーサイズウエアのヘレン・ローレンス。そして、2人目のルイーズ・アルソップへと移った途端に、会場に予期せぬ騒音が響き渡った。何か絶対危険なことが起ころうとしている。そう感じた観客がきょろきょろとあたりを見回す。

すると、天井が割れて男性が落下してきたのである。場内に悲鳴がわき起こり、騒然としたムードに包まれた。

 しかし、何事もなかったようにショーは続行された。

男性が落ちたのはバックステージ側の片隅。落ちた途端に、ステージ正面の高い壁の裏に隠れてしまい、観客から見えたのはほんの瞬間だけだった。屋根が割れる音はショーの音楽を遮るほどに大きかったが、落下した音は何も聞こえない。

だから、多くの人はなんだかわからないけれど、屋根が落ちた。ただそれだけのことかと思い、ショー会場を後にした。

「いったい何が起こったの?」

出口に向かいながら、現場を背にして座っていた同僚のマスイユウに声をかける。

「屋根が落ちたんですよ」

「違う! 人が落ちてきたのよ」

「うっそー!」

 マスイユウをはじめ、多くの人々が“事件”を見ていない。しかし、バックステージに近い、現場を正面にした、その瞬間が一番良く見える席に座っていた私は、青い服を着た男性が、両手を大きく動かして空気を掴みながら落下する様子を目の当たりにしてしまった。

思わずギャーという声を出し、隣に座っていた友人のMさんの腕に抱きついた。逆隣に座っていた女性は大きく身体を振るわせて「Oh my God! Oh my God!」の連続。でも、そんな騒然とした雰囲気の中、ショーは続く。「Why not stop!」。斜め後ろに座っていた女性が涙を浮かべて叫ぶ。そんな中、心臓がドキドキして止まらない自分がいた。

「ショーが全然目に入ってこないよ。頭がぐるぐるして集中できない」。Mさんはそう言っていたが、私のように叫び声はあげなかった。後で聞いたのだが、彼女は男性が落ちる瞬間を見ていなかったそうだ。でも、その状況で人が転落したことはすぐに分かった。

同じブロックで見ていたV誌のYさんも、「あの人どうしたんだろう。あの人大丈夫かなあ」とショー終了後さかんに話かけてきた。

だって、体育館の屋根の高さからコンクリートの床に落ちたら、普通死ぬでしょ!

結局は、男性は死ななかった。

 英ヴォーグ誌のウェブサイト「vogue.com」は早速取材し、すぐに記事 を掲載した。それによると、隣接するビルで工事をしていた作業員が、誤って転落したらしい。

なぜ、ショーを休止しなかったかとの問いに対してトップショップ側は、「待機していた救急チームが即座に対処し、男性が落下した場所もバックステージで観客やスタッフには被害がなかったので続行した」と答えている。

 でも、私は声を大にして言いたい! 

物理的な被害はなかったけれど、精神的な被害は想像以上に大きかったということを。その後3日たっても、突然心臓がドキドキし、鬱状態になる。だいたい、人が死ねばいくらなんでもショーは中止されるのだから、男性は命には別状なかったということは冷静に考えればわかる。しかし、そんな判断もできないくらい、精神状態は乱れていた。

以前、オフィスにフードで顔を隠した押し込み強盗が入ってコンピューターを奪いさられた時も、銀行で拳銃を持った強盗に居合わせた時も、案外と平然としていた。そういうことに強いと思っていただけに、今回は自分がこんなにも弱いのかと驚くほど、傷ついた。

ショー会場では、向かい側にロンドン・コレクションの主催者である英国ファッション協会のキャロライン・ラッシュCEOが座っていた。さすがに“事件”直後、席をたってどこかに消え、最後まで戻ってこなかった。

でも、ショー終了後、何のアナウンスもなかった。せめて、男性が無事であることを知らせてくれれば、次のショーをもう少し冷静に見られたのに。

次のショーへ急がなければならないということもあったが、そこでこの事件を取材しなかった私は、ジャーナリストとして失格かもしれない。そんなことを考えられるようになるのにも3日かかった。1週間たった今なお、この件をきちんと取材する気持ちになれない。思い出すと、まだドキドキする。

 


ルイーズ・アルソップのコレクション。こんな柄の服があったことすら、私は覚えていない

 

ショーは中止ではなく、休止するべきだったと思う。1時間きざみにショースケジュールが組まれているといっても、最終日で割と余裕がある。一度止めて状況説明を行い、10分後にでも2人目のルイーズ・アルソップから再開するべきだったと痛感している。

せっかくの晴れ舞台なのに、私はルイーズの服を一着も覚えていない。ざわめく会場の中で、透明人間のようにランウエーを行き来した作品に申し訳ない気持ちでいっぱいである。

ごめんなさい。パリの展示会でしっかり見させていただきます。



あっと気がつけば、ロンドン在住が人生の半分を超してしまった。もっとも、まだ知らなかった昔ながらの英国、突如登場した新しい英国との出会いに、驚きや共感、失望を繰り返す日々は20ウン年前の来英時と変らない。そんな新米気分の発見をランダムに紹介します。繊研新聞ロンドン通信員

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