今夏、三起商行が発売した富裕層がターゲットの「ミキハウス」の「ゴールドレーベル」。通常のミキハウスの3倍の価格設定で、中でも税込み24万2000円のダウンコートは業界内外から驚きの声が上がった。このダウンコートを生産したのが、富山市の縫製工場アイマックだ。ボトムの縫製からスタートした同社にとって、ダウンコートは初の試み。これまでも「すぐに断らず、まずはやってみる」(笹倉資也社長)精神で三起商行と信頼関係を築いてきた。
チャレンジの担い手
1989年に、子供のボトムの縫製工場としてスタートした。当初から振り屋経由で三起商行と取引していたが、振り屋の倒産で98年ごろから直接取引が始まった。工程数の多い布帛商品が中国生産に移行していくなかで、「受注量が減るなら新しいものにチャレンジしよう」とTシャツなどのカットソー製品の生産に着手。ただ仕事を請け負うのではなく、新しい縫い目などを三起商行に積極的に提案することで、Tシャツやトドラー向けの肌着、スリーパーなどのベビー雑貨と縫える商品を増やしてきた。現在、生産量に占める三起商行の製品比率は95%を占める。
「新しいものにチャレンジする時はお願いすることが多い」と、三起商行の河原悠一郎MD本部本部長企画本部副本部長執行役員は言う。良いものを作るという同じ目線に立った上で、「こういう作り方ができる、設備の中ではこういった縫い方ができる、ミキハウスとしてはこう作ったほうが良いという意見をいただけることがありがたい」と太鼓判を押す。
例えば、今年初めて本格的に作ったスポーツウェア。メッシュ地のジャンパーは、子供の動きを制限しない作りと、ミキハウスならではのデザイン性の両立を目指した。肩の可動域を広げるためにアームホールを切り替えるなど、パターンから共に考え、10回以上サンプル製作を繰り返した。
サンプルを作る時の工程管理のノートには、1品番ごとに問題点や要望を書き、それをもとに三起商行の生産管理と話し合う。試縫いをして、また改善点を洗い出しながら本生産を迎える。本生産に入るまでに何度もやりとりを重ね、不安だと思った場合は直前にもう一度作って本生産に臨む。サンプル班や縫製の班長とは、その度にすり合わせしているため、スムーズに量産に入ることができ、トラブルも極力抑えられる。
笹倉社長は社員たちに「自分たちだけでこのようにしか作れないと考えてしまうのは、絶対にいかんよ」と常々言っている。作りたいものを実現するために、最適なミシンはどれか、アタッチメントはないか、加工すれば出来るのではなど、粘り強く考え続ける。「相手さんの要望に対して出来る限りのアイデアを出し、それに対する答えを見ながら判断していく。今までずっとそうやってきたからこそ、色んなものが縫えるようになった」と振り返る。
難しいサンプル生産
笹倉社長にダウンコートの打診があったのは、21年4月ごろ。日本の良いものを集積してシリーズを作るという、ゴールドレーベルの構想とともに話があった。三起商行がダウン製品の生産に強い工場を開拓するのでなく、アイマックを選んだ理由は、「商品のクオリティー、人への信頼感があるから。ミキハウスを代表する最高品質のシリーズを立ち上げるにあたり、最高の技術、これまで築き上げた信頼のあるアイマック社と共に作っていきたい」(河原執行役員)として生産を依頼した。
「これは大変や」というのが、笹倉社長の第一印象だった。しかし、「ダウンが出来ればそれだけ守備範囲が広がる。やってみる価値がある」と挑戦を決めた。縫製の伊藤智恵子班長は、「とにかくなんのノウハウもない。通常の商品は縫い直しができるが、ダウンは針穴が空いてしまうため失敗が許されない」という緊張感の中で、サンプル生産に取り掛かった。高密度のタフタ生地の表のステッチに、三起商行は太さのある20番糸を指定。これを縫うためのミシンの調整も、社員たちが縫製の感覚をつかむのも一苦労だった。笹倉社長も自身が決めた以上、ネットワークを生かしてダウン製品が縫える外部講師を呼んだり、社員から「こういうアタッチメントが欲しい」と言われればすぐに準備するなど、不安解消に気を配った。ダウンの入る量や裁断の調整も難しく、サンプルを作るのに3カ月を要した。
展示会には笹倉社長と伊藤班長が出向き、商品の見た目、クオリティーを維持しながらもより効率的に生産ができる方法を探った。ダウンコートは、20番糸だとやはり難しいため30番糸を提案。その後、部分サンプルを製作して見比べた上で30番糸に決め、22年4月ごろから量産に入った。
ダウンコートは8月8日に国内店舗とECで発売、9月1日からは海外でも販売を開始し、計16店で展開している。販売から1カ月で国内で10着を販売、20着の取り置き注文が入るなど好調な滑り出しだった。価格を気にすることなく、商品の良さを理解して購入する人が多く、魅力が伝わっている。
《チェックポイント》価格ありきでコストを当てはめない
三起商行の国産比率は約7割。安心安全のものづくりはブランドにとって欠かせない要素のため、これまでも協力工場と二人三脚で歩んできた。協力工場はアイマックをはじめ、何十年も変えることなく信頼関係を築いている。
良い物を価値に見合った価格で売る、ということを大事にし、価格ありきで製造コストを当てはめない。主力商品の靴は、この10年間で価格を倍に上げ、工場も設備や人材に投資できる好循環になっている。
ゴールドレーベルも、工場に最高の技術で生産してもらい、その高い技術を三起商行も理解をした上で、価格を付けるという手順を踏んだ。もちろん、工賃も上がっている。
《記者メモ》10年かかった値上げ
三起商行は、ゴールドレーベルの立ち上げに加え、通常の商品も価格を平均1.8倍に上げた。円安やコスト高という短期的な要因ではなく、世界的な高級子供服ブランドになるためだ。値上げは社内の抵抗も大きく、「10年間言い続けてきたことがやっと形になった」と木村皓一社長も語っていた。
今回の取材中、河原執行役員が「13年前に初めてここに来た時、値段は必ず物に返ってくるよと笹倉社長に言われた。その意味を毎年思い返して、あぁこういうことかとすごく思う。間違いなく物に返ってくる」としみじみ話していたのが印象的だった。その言葉からも、今回の値上げの道は平たんでなく、手頃な価格の模索など、様々な葛藤を経たことがうかがえた。
アイマックは今年、賃金を5%ほど上げた。来年度もさらに上げる見込みという。そこに踏み切れるのも、ものづくりの価値を評価する企業と組んでいるからこそだ。「後継者は旗振り役でしかない。大事なのは現場を回す人たち。意識を高めるためには、給料や待遇面を改善しなきゃいけない」と笹倉社長。数年後の引退を見据え、次世代育成に取り組む。
(金谷早紀子)
(繊研新聞本紙22年12月7日付)