三越を題材に短編小説をまとめた文庫本『時ひらく』(文芸春秋)が2月6日に発売された。三越が23年に創業350周年を迎えたのを記念して企画した。東野圭吾、柚木麻子、恩田陸、阿川佐和子、辻村深月、伊坂幸太郎の6人が書き下ろした。
文芸春秋の小説雑誌『オール読物』に23年5月号から全6回にわたって連載された。制服の採寸に訪れた思い出、ライオン像や天女(まごころ)像にまつわる逸話、亡くなった男が最後にデパ地下で買った土産など、三越にまつわるモチーフがちりばめられ、鮮やかに物語をつづった。見慣れた店内を違えて見せる人気作家のすごさを改めて感じた。
宮島未奈著『成瀬は天下を取りにいく』(新潮社)は、20年8月31日に閉店した西武大津店が舞台だ。滋賀県大津市に住む女子中学生がコロナ下に閉店を控える同店に西武ライオンズのユニフォーム姿で毎日通う。そんな我が道をまっすぐに進む主人公の純粋さに心引かれる。
百貨店は買い物だけでなく、地域の歴史や文化を体現できる場である。阿川佐和子さんは「店員の丁寧な応対や言葉遣いなど百貨店には数字や形にならない魅力がある」と話している。成瀬は天下を取りにいくの主人公は44年で幕を閉じると聞き、「この夏を西武に捧げようと思う」と宣言する。慣れ親しんだ百貨店を失うことはモノだけでない。