瀬戸内海に面した岡山県玉野市で、新たなアートと産業の融合プロジェクト「瀬戸内産業芸術祭」(瀬戸産芸)が動き出しました。26年の本開催を目指し、地域の工場や企業とアーティストが協力し、新たな価値を生み出そうという試みです。この芸術祭の発起人は元ゾゾ役員であり、現在は蓄電池スタートアップのパワーエックス(東京)の取締役代表執行役社長を務める伊藤正裕氏。ゾゾの躍進を支えた経験を持つ彼が、なぜ産業とアートを結びつけるのか。その背景には、瀬戸内の地に根付く産業が持つポテンシャルと、地域が抱える課題に対する強い思いがありました。今回は岡山・玉野から芸術祭に新風を吹き込む取り組みを紹介します。
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地場産業を「芸術」に
観光誘致や文化振興を目的とした芸術祭が全国に乱立する中、瀬戸産芸は従来の「アートが地域を活性化させる」という発想とは異なり、地域が持つ産業の本質に焦点を当て、物作りの現場にこそ創造の源泉があることを示そうとしています。工場の技術、職人の手仕事、製造現場の空気感。それらをアートの視点から再解釈し、表現することで、工場見学ではなく「芸術」としての鑑賞体験を高めました。
伊藤氏がこの芸術祭を起案したのは、自身が蓄電池事業を手がける中で日本の物作りが持つ底力を改めて実感し、「この価値を可視化する場が必要だ」という考えに至ったから。25年1月には、メディアや関係者向けのモニターツアーを実施しました。建築家の妹島和世氏が手掛けたパワーエックスの蓄電池工場「Power Base」では、目に見えない電気を可視化する作品を展示。
ナイカイ塩業(岡山県倉敷市)の玉野市にある本社工場では、床に巨大な模様を描く「塩」を用いたインスタレーション作品を制作しました。精密加工を得意とする宮原製作所(岡山県玉野市)の工場では、デザインプロダクトが展示され、超高精度で仕上げる職人技が表現されています。

「産業は単なる経済活動ではなく、創造の連続です。工場の中には職人や技術者の試行錯誤があり、それ自体がアートのようなもの。瀬戸内産業芸術祭は、そうした現場の美しさを広く知ってもらうための場です」(伊藤氏)。

そこにあるものを生かす
瀬戸内海は、自然豊かな観光地としての魅力はもちろん、造船、鉄工、食品加工、塩業など多岐にわたる産業が息づくエリアでもあります。しかし、人口や産業の縮小といった問題も抱えており、地域に新たな活力をもたらす方策が求められてきました。そこで、伊藤氏は「工場や産業施設を単なる生産の場としてではなく、文化の発信拠点にできないか」と考えました。
産業は、ただ物を作るだけでなく、その土地の歴史や文化を映し出す鏡でもある。地元企業とアーティストのコラボレーションを通じて、産業の持つストーリーを再発見し、地域の魅力を新たな形で発信する瀬戸産芸は、芸術祭としてオルタナティブな存在感を発揮しています。

26年の本開催に向け、どのような企業やアーティストが参画し、どんな作品が生まれていくのか。瀬戸内の風景の中で、アートと産業がどのように交差するのか。ぜひ岡山・玉野を訪れ、その目で確かめてみてください。
