「革のダイヤモンド」と言われ、希少性が高くマニアから人気のコードバン(欧州の大型馬の尻の革)の染色・加工に特化したレーデルオガワ(千葉県柏市)は先代が研究・開発した唯一無二の「アニリン染め」の技術を継承し、若い世代とともに職人技に磨きをかける。専門性の高いコアな分野に絞り込んできた工場の強みを生かし、「コードバンの魅力はもちろん、生産プロセスまでホームページやSNSで発信することで、革製品ファンの裾野を広げたい」(小川雅子社長)としている。
職人の地味な手仕事
同社は革業界でも珍しいコードバン専門の染色・加工業。コードバンとの出会いは、創業者の小川三郎氏が京都帝国大学で皮革の研究に没頭していた学生時代に大学視察に訪れた日本軍の将校が履いていたコードバン製のブーツだった。80年程前にそのブーツにほれ込んだことが生涯を注ぐ事業の始まりとなった。その後、上京してタンナーに就職、転職したタンナーでもコードバンの染色の研究を続け、1971年に独立してオガワ染工所を創業した。
塗料染めのランドセル用に受注していたコードバンは新喜皮革がなめした革だったことから今に至る深いつながりが始まっていた。創業から約20年を経て、ようやく理想とするアニリン染めの技法を開発できた。95年、染色依頼を受けていた会社が倒産したことがきっかけで、新喜皮革の新田常喜社長と出会い材料の直接取引を開始し、染色工賃業から素材販売業へ転身することになった。
現在、柏市郊外の工業団地内にある工場は流山市の旧工場が50年近くの操業で老朽化したこともあり、5年前に移転・新設した。従業員は役員含め全7人。全員での分業制で各工程をそれぞれが担う。
「コードバンの魅力を引き出すアニリン染めでは革の良しあしは下地作りで9割決まる」と飛田英樹専務。ほとんどは職人の手仕事による地味でアナログな作業ばかり。
下地づくりが決め手
「脂入れ・伸ばし」では、ミモザ100%のタンニンを使った伝統的で丁寧になめされた良質な革だけを材料にしている。その日の気温や湿度に応じて油と水分の量を決め、革の厚みや固さを手で感じながら表面の繊維を整える。スリッカーという道具で一枚一枚伸ばす作業は単純なようだが、革の特性を見極め余分な脂と水分だけを抜き出すには熟練の技術が不可欠だ。こうした重要な工程を同社では20代の若手に継承している。伸ばし終わった革を木の棒に打ち付けて乾かす作業。革の繊維へダメージを与えずに必要な油分と水分を残すことができるので、ヒーターを使わず、自然乾燥にこだわる。湿度と気温を記録・管理しながら乾燥させるが、職人ならば手で触れれば状態が分かるという。
「削り」では、革の中に埋まっているコードバン層をペーパーヤスリの荒さを変えて少しずつ層を削り出す。職人の目が生命線となるので、厚さ1ミリ以下のコードバン層は削り過ぎるのは禁物。職人の経験と研ぎ澄まされた感覚が試される緊張感のある作業だ。同社の機械は60~80年前のもののため、フレームは焼き物でできている。「グレージング」ではコードバン層が削り出された革を、専用の機械で熱と圧力によって磨く。牛とは異なりコラーゲン繊維がタテに並ぶコードバンを一方向に隙間なく倒すことで鏡面のような輝きが出来上がる。同社はこの工程に他社の3~4倍時間をかけて極限まで艶を出す。
「染色」では100%性染料によるアニリン染めによって鮮やかな色合いを表現する。通常の染色工程は初期段階でラッカーやウレタン樹脂の染料で染めるのが一般的だが、同社ではグレージング後の艶が損なわれないように今まで難しかった水性染料を使う。これによって最終的に磨かなくても透明感のある輝きが保てる。「仕上げ」では染色後、ハイドリック(革を平らにする作業)が掛かった革に、特性のワックスをつけてバフィングマシンで磨き上げる。
革の良さ伝え続ける
一番の要である染色工程は先代が生存中にしっかりベテランの担当者に技術継承ができた。「先代の父が苦労して築き上げてきた姿を見てきたので、コードバンファンのためにも、この技術を次世代に残したい」と雅子社長が後を継いだ。入社9年目の若い飛田専務も5年間は現場にこもり技術を磨き続けた。最近では動画で製造工程や作り手の思い、手入れの仕方などを発信し、コードバンの魅力を伝え、認知度を高めることにも力を入れている。
《チェックポイント》希少性高く魅力的な革
コードバンとは馬の尻部分に生成されるコラーゲン繊維の層を指す。それが取れる品種も欧州の大型馬などの一部の個体にしか存在しない。一般的に牛革や馬革などは銀面と呼ばれる革の表面を使用しており、繊維1本1本がメッシュのように編み込まれた構造になっている。コードバンは尻部分の内側を削り出すと現れる金(カネ)と呼ばれる床面の層なので、とても細かい繊維が絡まず縦に林立しているため、正面から見た時に視覚に奥行きが生まれる。これが透明感の根源になる。そもそも革は食肉の副産物であるため、馬肉消費自体が牛肉の2%未満。そのためコードバンは希少性が高い。そのコードバンをなめす有力タンナーは日本の新喜皮革を含めて数社しか存在しない。皮革製品市場でのコードバン人気は、かつて日本に偏重していたが、最近では中国も注目し始めており、海外でもブームになりつつある。
《記者メモ》オリジナルの自社ブランドも開発
革小物の問屋はもちろん、新興ブランドを長年取材しているが、コードバンの人気が衰えたことはない。私もコードバンの財布や名刺入れを10年以上愛用している。数年前には素材の供給が追い付かず、展示会から姿が見えなくなった時期もあったほど。これだけ希少性の高いコードバン。それをなめし、染色加工する工場自体も世界に数社しかないと言われる。だが、飛田専務は「まだまだ言葉だけが先行し過ぎで、本来の革の良さが伝えきれていない」とも。最近では自社で染色加工したコードバンを使った背品の自社ブランドも開発し自社EC、一部で卸販売している。世界的な評価が高まりつつあり、これからが同社の腕の見せどころだろう。
(大竹清臣)
(繊研新聞本紙22年3月2日付)