カワイイの伝道師、逝く(永松浩介)

2015/12/04 00:00 更新


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本紙で月に2回ほど連載「ニッポン再発見」(当初は新発見)を書いていただいていた、作家・コンテンツメディアプロデューサーの櫻井孝昌さんが亡くなりました。

後輩からのラインで連絡があった時は、なんのことだかさっぱり分かりませんでしたが、ネットで掲載されたニュースを読んでようやく理解できました。理解はできたものの、消化はまったくできずに呆然としました。

昨日アップした「バンドじゃないもん!」についての原稿が最後になってしまいました。事故に合われる6時間前にも、そのバンドじゃないもん!の記事の修正依頼のメールが届いてました。

今週の月曜日に会う予定でした。いつもの会合場所である三ノ輪駅近くの「ジョナサン」に向かいしばらく待っていたのですが、彼が時間を間違えていたようで、その日は流す事にしました。僕が次の予定があったためですが、申し訳なく思ったのか、来週、弊社に来ていただくことになっていました。

初めてお会いしたのは5、6年前でした。それからは、たまに海外向けの英字媒体に執筆のお願いをする程度でしたが、連載「ニッポン再発見」を始めるにあたって、月に一度ほど会うようになりました。

お会いすると、話したい事が山ほどあるようで、櫻井さんがいつも一方的に話し、僕が聞く役回りでした。「先月はメキシコとカナダに行って、帰ってきてから札幌と福岡、それから北京ですよ~」。そんな風に切り出すと、現地で聞いた面白い話や体験を聞かせてもらい、それはとても興味深い時間でした。

僕自身は、彼が熱く語る「ハロプロ」やLinQなどアイドルのことはほとんど知りませんでしたが、単なるアイドルそのものの話ではなく、アイドルを取り巻く現象に文化的・社会的考察が加えられ、そのまますべてコラムになるような毎回でした。元編集者ですから、評論家風情の語りでもなく、現場をそれこそたくさん踏んできた人にしか話せない内容でした。

そんなやり取りから、来年春には新しいプロジェクトを一緒にやることになっていましたが、それも実現できなくなりました。たくさん、たくさん聞いた話もあり過ぎて、今は思い出せませんし、ノートをめくる気にもなりません。思い出すのは、いつもニコ~、っと笑いながら、ほんと楽しそうに話す櫻井さんの顔だけです。

唯一無二のカワイイカルチャーの伝道師を失ったことは、グローバルな文化外交にとって痛すぎる出来事ですが、何よりも大きいであろう本人の無念を想うと、ほんと、やりきれない気持ちです。心よりご冥福をお祈りします。





永松浩介 THE SENKENおよびプチh、繊研plusの編集責任者が綴るエトセトラ

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