ロックダウンによる自粛生活中、ひたすら執筆に追われていた私はストレスと感染の恐怖に苛まれ、今思い出してもかなり酷い精神状態だったと思う。周りの友人たちも同様にストレスや不安を抱えている日々だろうと思っていた。ベルリンの友人の多くは音楽やアートをはじめとする様々な分野におけるアーティストやクリエイターであり、新型コロナウイルスによって仕事のスケジュールが白紙になった人ばかりである。しかし、意外にも”stayhome”を楽しんでる人が多いことを知って驚いた。楽しんでいると言うと語弊があるが、普段忙しくてなかなか時間の取れないアーティストにとって、”stayhome”は制作に没頭出来る貴重な時間でもあったようだ。芸術作品が一つ一つ違うように、アーティストの生き方や考え方も千差万別なのだと実感する。
そんな中、陶芸家の久世康浩から久しぶりに連絡をもらった。自身のアトリエで植木鉢を贈呈するイベントをやろうと思っているという内容だった。自宅にいる時間が長くなると部屋に植物を置きたくなる気持ちは私自身もまさにそうであったし、インスタグラムの投稿を見れば多くの人が同じように感じていたのは一目瞭然だった。そこに、陶芸家が作った一点物の鉢植が加わったら、それはステキな空間となり、幸せな気分に浸れるとても素晴らしい企画だと思った。
久世氏は、多治見市陶磁器意匠研究所にてデザインコースとセラミックラボと修了後日本で活動を開始し、2012年にベルリンへ移住。Ernst、Ryoko Berlin、The Store、プラハのmazelab.coffee、ソウルのEN Galleryなど、多数のクライアントを持ちながらコレクターへ個人販売も行っている。 最近では、「Wallpaper」をはじめとする有数媒体からインタビューを受けるなど、気鋭の日本人作家の1人と言える。そんな彼の作品は、白を基調とした繊細な器がメインで、滑らかな表面と手作業によって出来る歪みが絶妙のバランスで美しくも味がある。食卓に並んだ時に温かさとミニマルなアート性がミックスされ、独特の存在感を放つ。
今回初めての試みとなる植木鉢を作った経緯と理由はなんだったのだろうか?
「エキシビジョンをやろうと思って、いろいろ作品を制作している途中でロックダウンになったんですよ。僕は普段アトリエ以外の施設の窯を使って焼き作業をしているので、それが出来なくなってしまったんです。他にも予定していたウィーンのデザインマーケットへの出店が延期になったりして。他にすることもないので制作だけはしていたんですけど、焼くことが出来ない。そのうちに自分のアトリエで何か出来ることはないか?って考え始めたんです。毎日歩いてアトリエに通っている途中で窓辺にある植木鉢を発見して、今回のアイデアが浮かびました。植木鉢なら素焼きなので、アトリエにある窯でも焼けるし、以前から植木鉢の安さと全部同じ形であることに疑問を思っていたんです。あの定番の形が植物を植えるのに最適な形なのか、それとも大量生産して安く売るための単なる型なのか、自分で追及しながらアレンジしてみようと思いました。」
久世氏が今回作った植木鉢は50点ほど、色も形も大きさも焼き跡も一点一点全て違う。素焼きであることは素人でも分かるが、”植木鉢”と言われなければ陶磁器として部屋に飾りたくなるデザインばかりが並んでいた。
同イベントの告知をインスタグラムのストーリーで行ったところ、一瞬で予約人数が埋まったとのこと。この貴重な限定ギフトを運良く手に入れた約50名の半数以上は女性で、もともとコレクターだった人から友人知人が多いという。無償で提供するとは聞いていたが、てっきりドネーション形式で少しは収益を得ると思っていたら、完全に完璧に”ギフト”だった。その太っ腹な考えに心底驚いたが、その背景にはこんな理由があった。
「実は、この企画をした時、全然お金がなかったんですよ。政府からの助成金は最終的にはもらいましたが、ランニングコストにしか使えないし、決して余裕のある状態ではなかったんです。でも、だからと言って”サポートユアローカルビジネス”的なことをするのは気が乗らなかったし、お金のためではなく、むしろお金から解放されるためのトレーニングみたいなものだと思っています。それに、こんな時だからこそローカルコミュニティーを大切にしたいと思ったんです。僕の周りには同じようにアーティストやクリエイターが多くて、仕事を一緒にしたり、振り合うこともあります。例えば、最近オンラインショップを立ち上げたんですが、作品の撮影からシステムまで、一緒に仕事をしているビジネスパートナーのおかげでオープンすることが出来ました。
人それぞれだとは思いますが、僕は新型コロナウイルスによって様々な問題や不安が勃発して、大変な思いもしました。だから、植木鉢を作っている時は祈りに近い感じで制作をしていたんです。そういった過程の中で、自分がベルリンにいる意味やローカルなコミュニティーを再構築しないと生き残れないのでは?!と思ったんですよね。僕と同じように苦労している身近にいるアーティストやクリエイターと協力し合って、ローカルならではの出来ることをしたいと思っています。そのためにも作り続けないといけないですよね。」
コロナによって、芸術の世界も今後大きく変わっていくことだろう。展覧会や大規模なイベントはしばらく開催されない。オンラインで展示を見せる方法は今後も続き、随時アップデートされていく。展覧会が開催されるようになったとしても一体どれほどのアーティストや専門家やコレクターが集まるのだろうか?旅行好きの私自身も今は飛行機には極力乗りたくないと思ってしまうほどだ。
今はこれまでのように外の世界にフォーカスするのではなく、目の前の環境や状況を把握し、そして、身近な人たちと協力し合って、助け合って出来ることをやっていく、そういった原点的なことが重要になっていくのではないだろうか。バーチャルといったデジタル化がさらに進む中で、私個人としてもその真逆にある人間同士のコミュニティーの大切さが再認識されることを願っている。
長野県生まれ。文化服装学院ファッションビジネス科卒業。
セレクトショップのプレス、ブランドディレクターなどを経たのち、フリーランスとしてPR事業をスタートさせる。ファッションと音楽の二本を柱に独自のスタイルで実績を積みながら、ライターとしても執筆活動を開始する。ヨーロッパのフェスやローカルカルチャーの取材を行うなど海外へと活動の幅を広げ、2014年には東京からベルリンへと拠点を移す。現在、多くの媒体にて連載を持ち、ベルリンをはじめとするヨーロッパ各地の現地情報を伝えている。主な媒体に、Qetic、VOGUE、men’sFUDGE、繊研新聞、WWD Beautyなどがある。