激変の2018年マンハッタンのリテールシーン(杉本佳子)

2018/12/28 15:00 更新


ニューヨークに住んで今年丸30年になったが、今年ほどマンハッタンのリテールシーンが急変した年はなかったかもしれない。今年、ヘンリーベンデルとロード&テイラーが相次いで、年明けに閉店すると発表した。12月には、サクスフィフスアベニューがワールドトレードセンター近くに2年前にオープンした店を、やはり年明け早々閉店すると発表した。これらの大型店は、親会社が不採算店と結論付けたケースだ。

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一方、今春までは、ブリーカーストリートからソーホー、そしてブローウエイ沿いのソーホーからグリニッジビレッジまでの店舗スペースは、近年稀に見る悲惨な歯抜け状態だった。人通りの多い角地といった一等地でさえ、借り手がつかない空き物件が続出。その他のエリアもたいして変わらない状況だった。

 

閉店の主な原因は、家賃の高騰だ。ニューヨークの店やレストランは、10年かそれ以上の長期で契約することが一般的である。契約更新時に家賃が大幅に上がり、払いきれなくて閉店するケースが多い。


しかし、大家が空き物件のままほおっておくことにさすがに耐えられなくなったのか、このところ家賃が若干下がってきた。商業スペース賃貸を専門とする不動産会社「ヴァイカスパートナーズ」ジャパニーズ・ビジネス・ディベロップメント部門のディレクター、茂木・ホール美紀さんは、「もちろん、例えばミートパッキングでもホイットニー美術館のすぐ近くとか、ユニオンスクエアもスクエアに面していたりブロードウェイ沿いは相変わらず高く思いますが、ちょっと横道に入ると希望賃貸料が下がっているし、大家もフレキシブルになっている感触があります。ソーホーもプリンス、スプリングストリート沿いは高いですが、それでも以前よりは下がっている感があります。ポップアップストアに寛容な大家も増えています」と語る。ただし、ウォール街近辺は、そこに住む人が増えていることから上がっているそうだ。


一方、小さい会社でも開店しやすい仕組みができ始めた。ネームバリューのあるブランドが出店するケースも増えてきた。年末になって振り返ってみたら、ちょっと珍しいくらい、新しい店が増えた年になったのである。


例えば、9月にブリーカーストリートにソフトオープンしたプラバル・グルンの直営店。1階の売り場面積は約470平方メートルで、地下には約650平方メートルのスペースを別途借りている。プラバル・グルンの広報によると、賃貸契約期間はなんと1年で、更新できる可能性を含む契約だ。そんな異例の契約が可能となったのは、不動産会社のブルックフィールド・リアルティが数店舗分の店舗スペースを買い上げ、店を初めて出すデザイナーに借りやすい条件で貸すシステムをつくったからである。

 

ブリーカーストリートはかつては、ファッション関係の店が立ち並ぶブティック街だった。マーク・ジェイコブスは一時6店舗を構えたが、今は本屋の「ブック・マーク」を残すのみ。ラルフローレンなど大手ブランドも、多くが撤退した。その後、ブルックフィールド・リアルティは、不動産のクリエイティブな活用を専門とする「スカイライト」と組んで、「ラブ、ブリーカー」というブリーカーストリート再生プログラムを開始。それにより、プラバル・グルンのような小さなブランドでも店を出す道筋ができたのである。


ボンドストリートには、「ショーフィールズ」が12月にオープンした。これも、RFRリアルティという不動産会社が1300平方メートル強のスペースを確保し、ブース状に細分割して小さなブランドに手頃な賃貸料で貸し出すフォーマットだ。ここは展示や説明が主で、お客は一部の商品を除き、主にオンラインで買うことになる。オープン時は花のサブスクリプション販売、エシカルやオーガニックをウリにしたベッドリネン、エクササイズマシーン、電動歯ブラシ、スキンケア用品などの会社が入った。契約期間は数か月単位。

 

ブースの展示だけではシンプルで飽き足らないが、そこにビーガンフードで人気の「バイ・クロエ」を入れて、カラフルで楽しい空間を加えた。

 


一方、チェルシーの専門店「ストーリー」が始めた、「数か月単位でコンセプトが変わる」フォーマットが広がっている。12月にフラットアイアン地区にオープンした「キャンプ」も、その一例だ。キャンプは雑貨屋さん。売り場を見ていると、「マジックドアをご存知ですか」と販売員に声をかけられる。「知りません」と答えると、本棚に案内される。

 

その本棚がからくりドアになっていて、その向こうにまったく別の売り場が広がっているのだ。オープン時はキャンプのコンセプトで、キャンプにまつわるさまざまなディスプレイや体験コーナーがあり、いろいろな雑貨が売られている。店舗名は「キャンプ」のまま、数か月単位でまったく別のコンセプトに作り変えられるという。

 


ファッション関係で今年オープンした店で、ファッションの楽しさを再認識させてくれるワクワク感のある店といえば、ソーホーに5月にオープンした「グッチ」、そしてサウスストリートシーポートに9月初めにオープンした「10コルソコモ」だろう。

 

グッチは広さ約1000平方メートル。12月に本売り場を新設した。ソーホーにある高級ブランドの直営店の中で、グッチは特に来客数が多いと感じられる。

 


10コルソコモはレストランが併設されているが、飲食を入れる店は増えている。

 

ヨガウエアブランド「アロヨガ」の直営店も、1階にカフェを設けている。店は1300平方メートル以上と大きい。1階と2階があり、ここもいつもお客さんがよく入っている。

 

家具とホームファニシングの「RH」(レストレーションハードウエア)が9月初めにミートパッキングにオープンした店も、ルーフトップにあるレストランが大人気だ。1階は、高級ホテルのラウンジを彷彿とさせる優雅な空間。その他のフロアはショールームのような感じで、ゆったりしたスペースの中でインテリアを熟考できる。

 

12月にオープンした「マーク・ジェイコブス・マジソン」の2階にもカフェがある。やはり飲食が入ると楽しさがアップするということなのだろう。マーク・ジェイコブス・マジソンは、マーク・ジェイコブスが1993年にやったグランジコレクションから26ルックスを復刻したラインと関連小物を集結した。ブック・マークの売り場もある。来年5月までのポップアップストアだ。

 

ネームバリューがあるブランドでは、著名なおもちゃ専門店の「FAOシュワルツ」が11月、ロックフェラーセンターに再オープンした。広さは1800平方メートル以上。3年前に閉店したオリジナルの店より小さいが、人気は健在だ。長蛇の列ができる日もある。

 

57丁目にあった「ナイキタウン」を閉店した「ナイキ」は11月、5番街に新しい旗艦店「ナイキNYC ハウス・オブ・イノベーション000」をオープンした。売り場は約6300平方メートルで、靴の品揃えはどの店よりも豊富という。

 

5番街のサクスフィフスアベニュー本店の南向かいには、「プーマ」が来夏オープンを目指して建設中だ。この界隈はアディダスやアシックスもあり、5番街にアスレチックスポーツブランドの直営店が増えてきている。2019年も、見ごたえがある店が新しくできることを期待したい。

 


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89年秋以来、繊研新聞ニューヨーク通信員としてファッション、ファッションビジネス、小売ビジネスについて執筆してきました。2013 年春に始めたダイエットで20代の頃の体重に落とし、美容食の研究も開始。でも知的好奇心が邪魔をして(!?)つい夜更かししてしまい、美肌効果のほどはビミョウ。そんな私の食指が動いたネタを、ランダムに紹介していきます。また、美容食の研究も始めました(ブログはこちらからどうぞ



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