HIKKY舟越代表取締役 目標はVRの経済圏を作る

2020/10/11 06:30 更新


【パーソン】HIKKY代表取締役 舟越靖さん 目標はVRの経済圏を作る

 3DCGアイテムをVR(仮想現実)空間上で展示販売するイベント「バーチャルマーケット」を主催するHIKKY(ヒッキー)。手がけるバーチャルイベントは年々規模を拡大しており、今年は、バーチャルでの同人誌即売会や音楽ライブを初開催、さらなる盛り上がりを見せている。コロナ禍でリアルイベントが中止・延期を余儀なくされているなか、3密を避けて楽しめることもあり、新時代のイベントの楽しみ方として期待される。同社の軸であるクリエイター支援から、バーチャルイベントというユニークな手法にどのようにたどり着いたのか、舟越靖代表取締役に聞いた。

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■今までになかった価値の創出狙う

 ――HIKKYを起業するまでの経緯は。

 元々、ゲームやイラストといったクリエイティブな分野に憧れがありました。一度はNTTに就職し、フナコシステムという通信インフラ事業で独立しましたが、好きなことに携わる仕事がしたいと思い、事業を広告プロモーションとクリエイティブ制作にシフトしました。

 シフト後は、若いクリエイターのチーム編成や、eスポーツのゲーマーとスポンサーのマッチングなど、今までにないクリエイター、エンターテイナーの稼ぎ方の創出に取り組みました。知名度により収入格差の大きい既存のビジネスモデルとは別の、新しいお金の流れを作ることができました。クリエイター業界では、いくつかのゲームチェンジを担ってきた自負はあります。

 プロデュース事業で一定の成果を挙げましたが、さらに自分にしかできないクリエイティブなことを手掛けたいと思い、一緒に活動できるクリエイターを探し始めました。自分の手でプロレベルのものは作れませんが、プロデュース事業の経験などから、プロ志望者のサポートはできます。

 プロ志望者には才能ある人々が多くいますが、彼らを取り巻く環境は恵まれているとは言えません。制作依頼はあっても賃金が低く、生計を立てることが難しいので、全く別の仕事を続けなければならないといった現状があります。

 ある時、出会ったのが、現在当社で中心的メンバーの一人である、さわえみかアートディレクターです。彼女は大阪から上京し、ヘアメイクの仕事をしていましたが、本当はイラストレーターになりたかった。作品を見せてもらうと日本人離れした感性に才能を感じたので、「本気でやるならサポートしたい」と申し出ました。その後、仲間を集め18年5月にHIKKYを設立しました。

 ――バーチャルイベントを始めたきっかけは。

 フナコシステム時代から、プロデュース事業の一環としてイベントを運営することはありました。クリエイターの活躍の場を新たに作るためイベントを開いた経験が、今に生きています。イベントとは、来た人を喜ばせることだと思います。

 VRについては、パソコンや半導体の販促で関連業界とお付き合いがあったことで、7、8年以上前から興味を持っていました。スマホゲームのプロモーションのひとつとしてVRを使ったことが、手がけたバーチャルイベントのはしりでした。

 バーチャルマーケットでは、バーチャル上で経済圏を作ることを目標としています。これは、バーチャルマーケット企画者で当社取締役でもあるクリエイター、動く城のフィオさんが言い始めたことです。

 彼ら初期からのメンバーは、単なるタレント業でなく、バーチャルを活用した複合的な表現方法を模索している人たちでした。VR空間で何をするのかを考え、フィオさんが持つリアル空間とは別の生活空間として使うニーズに着目しました。クリエイターをはじめ人々が生活するためには、経済がVR空間で成立していなければいけないという発想です。

バーチャルイベントはコミュニケーションを通してファンを獲得する

■個の時代から小チーム時代へ

 ――VRコマースの可能性は。

 最近よく、ECサイトや通販との違いを尋ねられますが、私はコミュニケーションの有無だと思っています。

 例えば、ディズニーランドにはアトラクションなど大きな変化がなくても、何度も行きますよね。一緒に訪れる人や、キャストとのコミュニケーションに変化があるからです。その組み合わせは無限で、2度と同じことはありません。

 コミュニケーションを通じて、時間を楽しみ、お土産など商品を買います。その体験がリピートにつながる。消費することでファンになるのです。バーチャルイベントでは、同様の体験ができます。VRコマースの強みは、コミュニケーションです。世間ではイベントを動画で配信する動きもありますが、消費者が情報を受け取って完結する形式で、バーチャルイベントとは違うものと認識しています。

 ECや通販は、安く早く買うためのツールです。非常に便利な一方、コミュニケーションがないため、ファンにはならないと思います。

 ――ファッションはバーチャルコマースをどう使えるか。

 VR上でのバーチャル試着によって訴求できると思います。商品を手に取れないECで、身にまとうものを買うことに抵抗のある人は、特に男性にまだ多いでしょう。その点では時計に親和性があると思います。時計の大きな魅力である高精度な輝きや、針の動きを再現できます。

 スポーツブランドにも使えると思います。スポーツブランドのCMには、有名なアスリートが出てきますよね。バーチャルなら、CM内のアスリートの姿を目の前で見られるんです。今はもうリアルで体験できない、往年の選手の全盛期の姿まで、間近で感じられます。

 ――ファッション業界との接点は。

 学生時代からの友人に、今は中国で活躍するファッションモデルがいて、彼からクリエイティブについて様々な話を教わりました。人脈をつないでもらったこともあり、今に生きています。クリエイティブな分野を広く見ていたいので、早くから人脈を多様な方面に伸ばしています。

 17年には、フナコシステムとして、架空の女子高生として活動するAI(人工知能)「りんな」とウィゴーの協業に携わりました。それ以前にも、ウィゴーには芸能方面の取り組みで応援していただいたことがあります。クリエイターの存在を消費者に届けるという共通点を持っているので、バーチャルマーケットでの協業につながりました。

 ――コロナ禍でデジタル化やバーチャル化が進む今、大切なことは。

 一度バーチャルイベントを開いて失敗し、「VRを使えない」と判断してしまうという話も聞きますが、新しいものを拒むのは、伸びしろにふたをすることです。新しいものを扱うには、幅広く、両極の思考を持たなければなりません。そのためには、判断材料がたくさん必要になるので、よく調べることが重要です。クリエイターにも、調べる力を持ってほしいと思っています。物を選んで正しいものを提供する能力につながります。

 判断材料をたくさん持つと、迷いも生まれますが、迷いを捨てるパートナーを探すべきです。時間は有限なので、自分の領分でないことを人に委ねるのが大切です。委ねることで、別のことに集中でき、互いの能力を生かし切れます。信じられる、互いに注意できる関係性で、物事に気づき続けられる人がパートナーにふさわしいでしょう。

 1対1のパートナーから始まり、仲間を探すことで、ここまでやってこれました。近年は個人の時代でしたが、そこから再びチームに戻ると思います。昔の大規模なチームでなく、小チームの時代です。

ふなこし・やすし 東京都出身。大学卒業後にNTTに入社。05年に通信インフラ事業のフナコシステムを設立し、08年には広告プロモーションとクリエイティブ制作事業へシフトした。15年にCG制作とコンサルティング事業のグンシーズを設立、18年にVR・ARソリューション開発のHIKKYを設立。19年には中国・深圳にCG制作スタジオを設立した。44歳。

■HIKKY

 18年5月に創業。クリエイター支援を軸としたバーチャルサービスの開発・提供を手がける。同年8月から年2回、3DCGアイテムの展示即売会「バーチャルマーケット」をVR上で開催している。前回は、世界から71万人以上が来場した。20年4月にリリースしたオンラインARショッピングサービス「アルタナ」でセブンイレブンと協業したほか、他企業のバーチャル商品開発のプロデュースなど、BtoB(企業間取引)のバーチャルコマース事業にも力を入れている。

《記者メモ》

 同社は設立当初からテレワークの体制を敷いている。さらに特徴的なのは、VR空間に社員が集まる〝バーチャル出社〟だ。自由なアバター姿で集まると、フラットなコミュニケーションができる。舟越さんは、クリエイティブな仕事をするうえで雑談を大切にしている。ちょっとした会話から、新たなアイデアやビジネスチャンスが生まれ、広がる。

 この間急増したテレワークで課題とされるコミュニケーション不足。アナログに出社しなければ解決できないと思われがちだが、デジタルツールを使えば解決でき、さらにデジタル独自の利点がある。あとは、使う側の意識の問題だ。元々、クリエイターは在宅勤務する人が多く、またゲームなどオンライン通話しながら作業する習慣が根付いているので、「延長線上として自然と導入」できたそうだ。10代にも、LINEなどで常に友人などと通話状態を保って生活する文化があると聞くから、遠くない未来に同様のテレワーク体制が普及するかもしれない。

(小島稜子)

(繊研新聞本紙20年9月11日付)

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