視界不良 瀬戸際「Made in Japan」の未来

2011/06/17 15:43 更新


 「いや、ほっとしましたよ」。12月に都内で開催されたニットメーカーの総合見本市「ジャパンベストニットセレクション」の会場で、運営者のひとり、清野秀昭さんはこう言って胸をなでおろした。ーー繊研新聞の英字版「THE SENKEN」の2011年6月17日発行号より(原文)

 内需の不振もあって来場者は大幅減が当たり前の展示会で、わずかながらもその数を増やすことができたからだ。赤信号が灯る中国の生産問題=つくれないリスク、を心配したアパレルやSPAが押し寄せたのが要因。

 「メードインジャパン」品質を再評価する来場者も少なくなく、自身も出展者である清野さんは、「次回はもっと内容を充実させ、海外での開催も検討したい」と意気込む。

 異例の活況ぶりをみせた展示会だが、アパレルの生産を担う国内工場や産地の厳しさは相変わらずだ。今回の展示会の盛況ぶりも、チャイナリスクの「特需」という面も少なくない。清野さんらが手掛けるニット製品の輸入浸透率は実に99%で、「喫水線」は沈没寸前にまで高まっている。

 同じ合同展に出展した別の企業の社長は、「地元にかつて100社あった企業も激減した。あと数年で残りの半分も不動産業にでも転業するだろう」と悲観的だ。

 厳しさの背景ははっきりしている。ここ20年以上続く海外への生産移転に伴う受注の漸減だ。生き残った企業にしても、消費不況による内需の極度の不振で注文も減り、工賃も下落している。

 全国百貨店の売り上げは、2010年10月に2年8ヶ月ぶりに前年実績を上回ったが、11月、12月と再びマイナス成長。ピーク時から3兆円近く減っており、伸びるECも百貨店の売り上げをカバーするほどの規模には至っていない。

 外需に活路を求めようにも高止まりする強い円が妨げになってビジネスの拡大もままならない。産地振興の予算は、政権交代後の目玉政策のひとつとなった「事業仕分け」で多くが削減ないしは廃止された。

 

■アパレルの罪

 

 厳しさに輪をかけるのが、発注元であるアパレル企業の不作為だ。経営トップから生産担当者へのコストカット指令は即、工賃の引き下げ要求となってメーカーに届けられる。

 「アパレルはコストダウンの概念が分かっていない」。国内工場9社にシャツの製造を委託しているSPA、メーカーズシャツ鎌倉の貞末良雄会長はこう言う。

 「コストカット=工賃の引き下げではあまりに知恵がない。見込み生産やバーゲン前提の値つけなど従来のビジネスモデルの破綻に気付き、新しいやり方を探るべきだ」と手厳しい。あらゆる無駄を減らすのが先、工賃引き下げのお願いなど最後の最後だ、と貞末さんは言う。

 アパレルからの製造仕様書の内容も“ガラパゴス的”に無駄に細かく、サンプルのやり取りを重ねても、そのコストをアパレルが負担するケースはまれだ。欧米メーカーと違って発注数量もギリギリまではっきりしない。

 アパレルへの返品や未引取りで延命してきたとも言える百貨店などは、付加価値の高いモノを仕入れたとて、その魅力を消費者に伝え売り切ることができない。流通のあらゆる箇所に横たわるムダ、ムラ、ムリのしわ寄せの多くは常に黙する工場に向かう。

 日本向けアパレルの供給を担う中国や周辺国の技術レベルが確実に上がっているなかで、生き残った国内メーカーも改めて「メードインジャパン」の魅力をさらに高める努力が求められる。

 「工業からソフト産業に転換しなければ」。米・オバマ大統領夫人が大統領就任式で着用していたラグジュアリーブランドにオリジナルの糸を供給していたことが話題になった佐藤繊維の佐藤正樹さんは言う。受けた注文を黙ってつくるだけの企業は淘汰され、企画力やマーケティング力をもったところだけが活躍の舞台に上ることができるのだという。

 工場は自分のつくるものが良ければいいという意識を持ちがちだが、それでは結局、最終消費者にその価値が伝わりにくい。そんな分業体制の“罠”にはまらず、川上から川下まで一体となって消費者に向かう姿勢がいま求められており、工場もその一翼を担わなければならない。

 メーカーズシャツ鎌倉の貞末さんは、現在の取り組み工場と共同出資し、国内に新工場を設立しようと動いている。業界の常識からは異例だが、「工場と徹底的に話し合ってあらゆる無駄を省けば、人件費が上昇する中国とも伍することができる」という。運命共同体である工場にも儲けが残る仕組みを築くことが長期的な利益を生み出す。

 日本ニット工業組合連合会の中島健一理事長は指摘する。「もう一度、きちんとした商流を整えることが必要だ。かつては商社が全体を考えていたが、バブル期の利益の追求で(生産の)チームがこわれてしまった」と残念がる。商社は目先のビジネスには積極的だが、長期的視野にたった商売は得意でない。

■成長シナリオも画餅に

 

 日本には「三方良し」という言葉がある。多くの有力企業を生み出した近江商人の経営理念である「買い手良し、売り手良し、世間良し」という経済モラルだ。商道徳とはあまり縁のないファッション業界だったが、そんな社会性を有しなければ、これからは一時的に儲けることは出来ても、儲け続けることは難しくなるだろう。

 東京で注目される新進デザイナーのNaka Akiraは、「工場が泣いて上手くいくプロジェクトなんてない」と言い切り、日本らしい“和”を大切にした工場との取り組みを心がけている。行き過ぎたグローバリズムへの反省もあってか、そんなモラルの必要性を説く業界人が増え始めたのは少し明るい兆候かもしれない。

 ほとんどアパレル企業がなくなった先進国のなかで、首の皮一枚残し踏ん張る、日本。名門アパレル企業、レナウンを傘下に入れた山東如意科技集団の邱亜夫薫事長は、「日本製は中国人にとって憧れ。レナウンブランドは国内製にしたい」と話す。全てを日本国内でというわけにはいかないが、日本メードを戦略的に打ち出していくと語る。

 「メードインジャパン」のタグが高価値の保証書とは限らないが、プレミアムな「メードインジャパン」は確実に存在する。世界が欲する「メードインジャパン」を市場攻略の武器にできる態勢を整備しなければ、成長著しい国の市場開拓を通じた発展というシナリオも画餅に終わってしまうだろう。 by THE SENKEN



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