心穏やかに、我々は前に進む Calm at Heart and Determined to Move on

2011/06/10 17:02 更新


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 「今日で(震災から)50日目。下を向いてはいけない。今日が大きく復興を歩み出すキックオフの日です」。プロ野球、東北楽天イーグルスの本拠地開幕戦にあたる4月29日、試合前のセレモニーで村井嘉浩宮城県県知事はこう挨拶し、東日本大震災で甚大な被害を受けた東北地方の被災者に熱いエールを送った。ーー繊研新聞の英字版「THE SENKEN」の2011年6月10日発行号より(原文)

 宮城県ではこの日、プロサッカーチーム・ベガルタ仙台の初ホームゲームが行われたほか、一部不通だった東北新幹線や仙台地下鉄も全区間で再開した。4月29日は、「震災復興のキックオフデー」として県民だけでなく東北人にとっても忘れられない一日になったが、未曾有の大災害だけに、ここに至るまでの歩みはもちろん平坦なものではなかった。

■影落とす原発事故

 3月11日の午後。宮城県・仙台市から40キロ以上北東にある石巻市の中心街でこだわりのデニムなどを販売するショップ「パイレーツ」を経営する熊谷祐一はいつものように店に立っていた。

 午後2時46分、突然、強烈な揺れが店を襲った。その後、30分も経たないうちに津波が商店街に押し寄せ、みるみるうちに店が浸水、熊谷は店舗の2階に逃げ、さらに商店街のアーケードの屋根にのぼって津波を眺めていた。

 「商店街はムチャクチャだし、津波が引いた後は雪も降り始めた。おまけにアーケードから降りる時に足は怪我した。この世の終わりかと思った」と熊谷は話す。

 同じ頃、さらに北東にある気仙沼市でも断続的な余震に見舞われ、地元の専門店、イブの小野寺真由美店長は、外に避難するか屋内にとどまるか迷っていた。ほどなく、津波警報が鳴り響いたため、小野寺は迫る大津波を見る間もなく、必死に最寄りの避難所に逃げた。その日から彼女の避難所生活が始まり、数日後、自宅は全壊したことが分かった。

 その小野寺の会社、イブ・ブリアンの山川正利社長は15日、仕入れ代金を取引先に振り込むために、仙台の銀行に足を運んだ。「こんな大変な時にわざわざ‥」と行員に驚かれたが、山川は「支払いが信用。我々も辛いが、振込みがないとアパレルも困るはず」とさも当然のように話す。この日、当局は、今回の震災での死者・行方不明者が1万人を超えたことを明らかにした。

 震災直後から心配されていた福島の東京電力福島第一原子力発電所の状況がいよいよ深刻化するなか、ファッション業界では別の問題が生じていた。

 

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 複数回の水素爆発と止まない放射性物質の露出で、縫製業者などを数多く抱える福島県下で製造されるアパレル商品に対し、小売店の引き取り拒否やキャンセル、物流業者の集配拒否が広がり始めたのだ。地震と津波に加え、風評被害、さらには被害の甚大さから来る全国的な消費の自粛ムードは、福島県の繊維製造業者にとって四重苦となって彼らの背中に圧し掛かった。

 福島・いわき市に本社を置く、専門店チェーンの大手、ハニーズはそんな頃、営業を再開した。地震後2週間に満たない23日だ。江尻義久社長は、「社員が通勤で使うガソリンも逼迫していたし、断水も続いていたから再稼動後も大変だったが、1週間経って徐々に元に戻り始めた」という。ただ、原発事故を心配する社員も居て、数名は東京本社へ異動させた。

 地震直後のパニックのような動揺は静まりやや冷静さを取り戻すと、徐々に震災の影響が多方面に広がった。100年余の歴史をもつ青森の老舗百貨店、中三は30日、青森地裁に民事再生法の適用を申請した。地震直後の14日に盛岡店でガス爆発が発生したことに加え、震災後の販売不振が響き、売り上げが大きく落ち込んだのが要因だ。


■応援消費が全国で

 電話がストレスなく繋がり始めた同じ頃、福島県いわき市で「コムデギャルソン」や「ジョン・ガリアーノ」などを販売する有力専門店、エム・ツウ・インターナショナルの鈴木政子専務ら幹部は、海沿いの被災地区の顧客に安否確認の電話をかけ続けていた。通じた相手と話をすると、自分たちが福島を去らずに地元に残ったことを逆に感謝されたという。

 毀損した商品もあったし、多くの商品は販売シーズンが過ぎていたが、4月の上旬に店を開ける事を決め、1日に郊外店、6日に中心部の店舗を再開した。「欲しいものがなくても買い物するのが支援」と富裕層の客が買い物に来てくれた。義理買いや応援消費でも鈴木は「ありがたい」と思った。

 鈴木の店がある福島県で起こっていた風評被害に対処するため、4月3日、経済産業省の旗振りで、繊維関連団体の幹部が集まった。県内外の製品見本を集めて横並びで検査し、県内産の製品が放射能汚染されていないことを証明し、風評を払拭しようというわけだ。「今回の初動の速さは、繊維産業のチームワークの良さのたまもの」と経済産業省の冨吉賢一・繊維課長は驚く。

 震災からちょうど1ヶ月の4月11日には再び大きな余震があり、東北の広い範囲で、施設の損傷や人的被害に見舞われたが、ビジネスの復旧にかける商業者の思いは強く、その後も続々とショッピングセンターや専門店が再オープンした。

 4月17日の仙台フォーラスに入居するギャルブランド「エゴイスト」は再開初日に500万円を売り上げた。非常時においても人は生活に潤いを求める。「ファッションで被災者の心を癒したい」。先立つこと1日に再開した気仙沼市のイブの小野寺店長の店にも、避難所や移転先から客が多数押し寄せた。

 

流通面の写真

 

 春の大型連休であるゴールデンウィーク(GW)前には、施設の著しい損壊やインフラの未整備で店を開けないところを除き、被災県の多くの商業施設や専門店が営業を再開することができた。地震と津波と雪で「この世の終わりか」と嘆いた石巻の専門店「パイレーツ」のオーナー、熊谷祐一は、29日の再オープン前に立ち上げたブログの冒頭にこう書いた。「ようこそ海賊船へ!津波を乗り越え船出です」。

 大型連休中の東北各地の商業施設はおおむね順調に売り上げを稼ぎ、全国的にも被災地の応援になるならと、消費の自粛ムードが和らぎ始めた。GWの5月4日に開業した大阪ステーションシティには初日、50万人が来館し、4日からの15日間でも平均で37万人が訪ねてきているという。震災後の開業だったため、当初決めていたコピーをやめ、「西から日本を元気に!」のスローガンに切り替えた。

 まもなく震災3ヶ月を迎える。再開を望む客の声と商業者の強い意志で多くの商業施設は再開を果たし、いっけん日常を取り戻したかに見える。それでも現在、10万人以上が避難所暮らしを余儀なくされており、そろそろ他府県の関心が薄れ応援疲れも始まるだろう。節電もあって今年の夏は例年より暑くなり、先を見通せない痛んだ地方経済の傷口はさらに広がるかもしれない。復興どころか、復旧さえもままならないまま時間だけが過ぎていく。道のりは長い。

■311がもたらしたもの

 3.11はファッション業界に何をもたらしたのだろうか。冷めた見方に聞こえるかもしれないが、実はさほど大した変化はないというのが答えだ。

 利害関係を超えて急仕上げのチームで風評被害対策にあたった業界団体や、「西から元気に」と自粛ムードを吹き飛ばし消費で日本を元気にしようと思う人たち。団結力やチームワークは日本人のお家芸だし、信頼関係を崩さぬよう、非常時であっても支払いや納期を守ろうとする人たちは居た。ずっと前から多くの日本人ビジネスマンに見られた美質だ。

 「何でも協力するから言って」。いわきの専門店、エム・ツウ・インターナショナルの鈴木は、ふだんは気難しい日本のデザイナーブランドの担当者の言葉に胸を打たれた。「仕入れた商品で売り上げをつくるしかお返しができないから頑張らないと」と鈴木は話す。

 

エム・ツウ・インターナショナルの鈴木政子専務
エム・ツウ・インターナショナルの鈴木政子専務

 

 半面、世界が評価した日本人の冷静さや我慢強さの裏返しかもしれないが、集団心理による消費の自粛や風評に基づく誤った判断、明らかな下請法違反である発注品の未引き取りなどの取引慣行は311の前から問題視されていたことだ。震災によって、これまで指摘された評価や問題点が、非常時だけに、よりはっきりと顕在化しただけである。

 ほとんど初めて気付いたこともある。日本や日本人が意外に世界から愛され、深く心配されているという事実だ。多くの海外のファッション企業が被災した取引先企業を見舞っていた。「何が必要なんだ?」。福島県の織物メーカー、斎栄織物には震災直後、得意先の(伊)・アルマーニ社から連絡が入った。彼らは日本人スタッフの実家を通じて水や野菜を同社に提供した。

 

 日本は再び輝きを取り戻せるのかーー。答えは未来の日本人、つまり我々だけが持っている。 

 5月30日の東京の朝。とある駅には、いつものように学生やサラリーマン、OLが整列して電車を待ち、いつものようにきっかり時間通りに電車がホームに滑り込む。すし詰めの車内で文句ひとつ言わず、それぞれの目的地を目指す。

 海外からどう見られようと我々は東京に居て3.11の前と同じように淡々と仕事をこなしている。繰り返し流される公共広告に言われなくても、何となく我々は日本が立ち直れると思っている。東北人は別格だけど、総じて日本人は我慢強いのだ。電力不足で例年より長く暑い夏になるが、そんな環境でも日本人は快適のために工夫を凝らして、何とかやり過ごすだろう。

 復興のための増税が議論されているし、電力不足で近い将来、電気代が大幅に値上りするかもしれない。少なく見積もっても15兆円かかると言われる復興財源はきっと国民の肩にのしかかる。漠とした将来不安を抱えながらも、それでも心を穏やかに、我々は前に進む。そして苦難を乗り越えることが出来たら、今よりずっと強くなっているはずだ。(敬称略)

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