「高嶺の花」と「震災後」(若狭純子)

2014/02/28 00:00 更新


お久しぶりです。1カ月ぶりのレポートです。

まず最初に、先週まで、記録的な大雪の影響を受けた皆さまにお見舞い申し上げます。雪かきのお手伝いにも伺えず、情けない限りですが、早い復旧をお祈りしております。

今回の大雪のように、自然の猛威に触れることが増える中で、もうすぐ3月11日を迎えます。東日本大震災と名づけられた最初の日から丸3年です。

あの日を思い出しつつ、気になり続けていることがあります。

それは、今も新聞紙上に載る「震災後」という文言です。

一体何が起きているのか、よくわからないままだった3月11日以降、テレビや一般紙では日々刻々と被害の大きさが更新されながら報道されていきました。繊研新聞でも、読者や取材先の安全確認、全国からの様々な支援などを掲載しました。

その途中で、この地震を発端とする災害は「東日本大震災」と名づけられます。いろいろな呼び方がありましたが、公式な発表を受けて、テレビや新聞で使われる言葉は統一されていった訳です。

これと、ほぼ同時に、「震災後」という言葉も、頻繁に使われるようになりました。まだ、3月だったはずですが、主に12日以降の説明をする場合に、「震災後」と3文字で表現することが一般化していきました。

しかし、「震災後」は事実と異なる言葉です。正確とは言えません。

3月11日は、地震と津波の起こった日で、「震災」の始まりの日だからです。「震災」は、この日だけを指す言葉ではありません。繊研新聞でも、当初、「被災した日」というような表現を使っており、「震災」という言葉で全てを丸めてしまうことに反対意見がありました。私も反対した一人ですが、結局は、多くの新聞社やテレビと異なる表現を続けても、読者が混乱する、という判断が働いたと思われます。

ただ、3年を迎えようとする今も、「震災後」と言い切れるほど、この災害が過去形でないことは、多くの人が感じていることでしょう。2011年3月11日の後ではあるけれども、震災は終わっていない。その認識があれば、「震災後」と書くか、「3・11後」と書くか、言葉の選び方は違ってきます。最近、「3・11後」「3・11を忘れない」といった表現が多くなってきたのは、そうした感覚が広がっているからかも知れません。

新聞には、時に、不思議な言葉が載っています。

私は幼いころ、「高根の花」とは何か、と思ったことがありました。「高嶺の花」と書けば、漢字の印象だけで、そそり立った高い山の峰の美しい花が思い浮かびます。手に届かないイメージを伝える美しい言葉の一つです。しかし、文部科学省の決まり事では、「嶺」の漢字が使えないので、「高根」になったようなのです。

「高ね」ではなく、「高根」にしたところに、議論や工夫があったかも知れませんが、いわゆる知識人の先生方に、「新聞の日本語はよろしくない」と言われるゆえんでもありましょう。

言葉は生き物と言われます。時代とともに移り変わるものですし、さまざまな社会環境や制約によっても、変容していきます。

言葉を伝える媒体という仕事の末席を汚す立場で、「高根の花」と載せなくてはいけない時も、「震災後」と書かなくてはいけない時も、何か、他の選択肢はないか考えていきたい。その選択肢が許されない場合にも、「本当は、高嶺の花なのだ」と強く思い続ける、忘れない、ということだけはしていきたいと思います。

非常に小さな抵抗のようなもので、無意味だと笑われるかも知れませんけれども、今、自分のできることとして、続けていくつもりです。

こうして、ウエブを通じて、文章を書くことの利点の一つは、国家や大多数派の決まりごとに準ずる必要がないことかも知れません。その意味で、良い機会をいただきました。もっと学び、わかりやすく、より的確な表現を目指していきたいと思います。



わかさ すみこ:総合1面デスク。92年入社、東京営業部配属。95年から大阪編集部、テキスタイルトレンドなどを担当し、2010年から商品面デスクとともにファッショングッズ分野などを受け持つ。北海道出身。これから、デスクのひとりごと的レポートを始めますので、よろしくお願いいたします。

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