ピッキー鈴木社長 個人がファッションで稼げるように

2020/02/09 06:29 更新


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 「人気ユーチューバーのように、ファッションの世界でも個人が稼げるようになればいい。それをサポートするのが僕の仕事」と話すのは、DtoC(ダイレクト・ツー・コンシューマー)のプラットフォームサービスを提供するピッキー(東京)の鈴木昭広さん。自身のOEM(相手先ブランドによる生産)での経験を生かし、ブランドを立ち上げたいインフルエンサーに伴走しながら、無理のない事業拡大で成功に導くシナリオを描く。昨年10月に5ブランドをリリース。試行錯誤は続くが、「インフルエンサーが年間1億円を作るのはそんなに難しくないはず」と自信をのぞかせる。

(永松浩介)

 母親が韓国で日本向けOEMをやっていたこともあり、高校を卒業後、韓国に渡り、その後アメリカ、中国と転々とした。親を手伝いながら中国語を学び、中国で起業しようと考えたが、現地のパートナーにだまされ、結局、韓国でOEMを始めた。23歳のころだ。もっとも、当時の円安・ウォン高で大きな借金を作ってしまった。

 その後日本に帰り、借金を完済。まだ20代後半だったことから、自らの行く末を見定めるために1年半ほどで約50カ国を放浪した。「世界中の起業家に会いながら、色々な国の文化も学ぼうって」

 そのころ、アメリカで話題になっていたのが、「エバーレーン」や「ワービーパーカー」などのDtoCブランドだった。「これなら自分でもできる」と、17年にピッキーを設立した。

■絶対数よりエッジ

 とはいえ、ただのDtoCでは弱い。投資会社のコーラルキャピタル(東京)やサイバーエージェント・キャピタル(東京)、クリエイターエージェンシーのコルク(東京)などと座組みを設けることにした。「インスタグラマーは互いを強く意識している。彼女たちがブランドをやってみたいと思うようなブランディングを、チームでうまくやっていきたい」

 昨春6000万円を調達し、今年はさらに1億円前後の資金を手にする予定だ。事業拡大のアクセルを踏む準備は整いつつある。

 10月にリリースしたのは中川ゆりさんの「bpm150」や佐々木ののかさんの「あなた」など。全員インスタグラマーだが、「フォロワーの絶対数ではなく、あえてエッジの利いた個人を選んだ」。ピッキーの意味である「こだわりが強い」個人が作るブランドが「他のインフルエンサーに影響を与えるはず」と踏んでいるからだ。「強い世界観のある人の服なので、言うほど売れなくても気にしない」

 今春は継続する3ブランドに加え、人気インスタグラマー、瀬戸あゆみさんの「シスターフッド」の販売も始まる。鈴木さんの筋書き通りだ。

 シスターフッド専用のインスタアカウントを開設、瀬戸さんには文章などの配信サイト「note」で、ブランドについての思いを投稿してもらっている。「消費者はモノだけでなく、コミュニティーでの体験も買っている。だからコミュニティー作りはすごく大事」。コミュニティーが強いものになれば、展示会に招待したり、購買客には別のコミュニティーに招待したり、商売の選択肢が広がる。

 ピッキーでは、たくさんの型数は作らない。残品リスクだけでなく、プロではない彼女たちの精神的負担を避けたいからだ。余計な心配事が増えて本人らしさが失われたり、コミュニティーを育む時間がとられたりするのは本末転倒になる。

打ち合わせでは「場作り」を意識する。企画から生産、販売までファンと共有して楽しんでもらうことがブランド確立のカギとなる(右奥が瀬戸さん)

■再現性ある成功例を

 売り上げについて、鈴木さんの見立てはこうだ。例えば、20万~30万人ほどのフォロワーがいるインスタグラマーの場合。仮に1万円台の商品を月に約800人のフォロワーが買ってくれれば、年商1億円のブランドになる。「30万人のうちの800人だから、努力すれば不可能じゃないでしょ?」。年商1億円で、本人に1000万円以上渡れば、というのが鈴木さんの思いだ。そんな個人が100人集まれば、100億円の会社になる。

 個人の〝好き〟が仕事になる点では、ユーチューバーに似ている。強い世界を貫き通すことができたら、市場は国内に限らず、世界にまで広げることも可能だ。「そのためにも、まずは再現性のある成功モデルを一つ作らないと」。国内での成功例を引っさげ、巨大な中国市場での販売も見据えている。

「OEMの経験は豊富」。生産まで踏み込むことで、ほかのインスタグラマーブランドと差別化する

(繊研新聞本紙20年1月6日付)


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