バーリオ田渕代表取締役社長 不測の事態も揺るがぬ財務基盤

2021/03/14 06:30 更新


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 欧州の本格アウトドアブランドを主力とするインポーターのバーリオ(京都市)が健闘を続けている。会社を設立した07年当時、アウトドアブランドは専門店で販売するのが当たり前だった。同社は都市生活でも生きる実用性の高さ、機能美に本質的な価値を見出してセレクトショップに提案。有力店で少しずつ実績を作り、じわじわと受け入れられた。その目利きの力と、市場観察力、提案力に対し、バイヤーはもちろん、ブランドからの信頼が寄せられ、リブランディングや新ブランドの立ち上げなど様々な案件も舞い込む。独自の立ち位置を築きつつある同社の力の源泉とは。

機能ウェアの価値を日常に浸透

 ――どんな会社。

 例えば、暖かいけど蒸れにくい、着心地が抜群でストレスフリー、洗濯してもすぐに乾く、軽いし、コンパクトにたためて持ち運びやすい。そんな機能的なブランドを日常生活に提案しています。トレンドや時代に左右されるような物ではなくて、長く愛着を持って使っていただけるような物を集めています。

 見た目はちょっとイマイチでも、抜群に使いやすい物と、見た目は抜群にカッコいいけど、ちょっと使いにくい物があった場合、前者を選ぶ。売れている物より、使い勝手の良さにこそ価値があり、それを強いメッセージで発信する会社です。

 ――会社設立から14年が経つ。

 今では、セレクトショップを中心に〝業界受け〟は良いと感じていますが、一般市場での認知度はまだまだ。消費者に対してもメッセージを届けられるようにしたいと考えていて、昨春に自社ECサイトの「ギアリズム」を立ち上げました。

 ギアリズムを通じて、売れる物はしっかり売れるという実感を持てるようになってきましたし、どんな販路で、どういう売り方をすればいいのか見極めたい。卸業者がECをやることで、卸先のお客様を失う可能性もあって、会社の命運を分ける決断です。とはいえ、当たり前だった流通経路がコロナ禍で一時的に通行止めになっている状態でもあり、受け入れられるタイミングが来たとも思っています。できるだけ大事故にならないよう、新しい流通を模索する準備の一つです。

 ――会社を立ち上げたきっかけは。

 米国のアリゾナ州でマーケティングを学びながら過ごした4年間がきっかけです。まだ電話回線を介したインターネットで、実際に足を運ばないと何も情報を得られない時代。鮮明に覚えているのは、日本に当時はなかったショッピングモールや、快適なアメリカンカフェ、見たことのない巨大な大自然、迫力のあるスポーツ環境のどれもが心に突き刺さりました。日本にない魅力を感じたと同時に、日本の良さも教わって、貿易という仕事に興味を持ち始めました。

 大学を卒業するころには、貿易を学び、いずれ独立することを決めて帰国。〝修行〟の目的で靴の輸入会社に就職し、貿易のノウハウを必死で学びながら、貯金し独立にこぎつけた。会社を設立したときは、単に商品の輸入販売だけでなく、会社の柱を作るためにアウトドアブランドの日本総代理店になり、日本市場でブランドを育てることを目指しました。ポイントは、①日本企業が足を運んでいなかった北欧、東欧といった未開拓の地にあるブランドを選ぶ②アウトドア専門店ではなく、全国の有力なセレクトショップで販路を開拓する、という隙間を狙うこと。

 当時、機能ウェアはアウトドア専門店で扱うことが多かったですけど、名の知れたブランドでないと扱ってもらうのは難しかった。一方で、ファッションの販路では機能素材の快適性などの価値を市場では理解されておらず、「パタゴニア」や「アークテリクス」のような一部の米国ブランド以外は扱いが少なかった。ただ、セレクトショップのバイヤーさんは物の良さを純粋に評価してくれましたし、既に売られているブランドではなく、目新しいブランドをやる意義を感じてくれました。ですから、日本では無名のブランドでもその価値を地道にバイヤーさんへ説明し、徐々に販路が開けていきました。

 ――「ティラック」が代表的な存在。

 会社を設立して2年経ったころに日本総代理店契約を結んだのが、チェコのアウトドアブランド「ティラック」。ティラックはチェコに「ゴアテックス」認定を受けた貴重な自社工場を保有し、同国を代表する創業40年近いブランドです。伝統工芸品を作る職人集団のような会社で、アウトドア、ミリタリーのコレクションと、アーバンライフスタイルのコレクション「ポートニック」があります。

チェコ国営の登山救援部隊やチェコ軍の一部チームに製品を提供する。過酷な環境にも耐えられる技術力が認められている「ティラック」

大勝負ではなく小さい変化を

 ――最も関係の深いブランドだ。

 機能ウェアの本質的な価値は、彼らから学びました。一緒に雪山などのフィールドに連れて行かれ、仕様の一つひとつに意味があることを徹底的に教わり、過酷な環境にも耐えられる最高峰の物作りを目の当たりにしました。

 19年に契約は終了しましたが、同じくらいのタイミングで、スウェーデンの「クレッタルムーセン」の代理店にもなり、販売を始めました。

 彼らからは、地球環境に対するアウトドアブランドの物作りの姿勢を教わった。「メーカーとして作った物で自然を壊してはいけない」「作るなら環境に対して最低限の配慮が必要だ」とサステイナブル(持続可能)な物作りについて、素材の知識から徹底的にたたき込まれました。

 ――今のビジネスの基礎になった。

 こうした貴重な出会いと経験があったからこそ、機能ウェアという物の本質を深く理解することができ、市場に正しく伝えることができています。ビジネスを取り払っても関係を続けていけるほど仲が良いことも、バーリオのビジネスにとって重要です。特にティラックは、時には無茶苦茶な要求もされるし、ケンカもします。これも貿易のリスクの一つですけど。それでも目線は同じで、一緒により良い物作りやビジネスのかたちを探し合える存在。だからブランドを理解しようと思うし、強い愛着もわく。ビジネスが長く続き、発展していける。

 今は日本市場を意識したディテールを足してもらって、商品の仕様を変えるケースもありますが、そんな発展的な関係に行き着くまではたいへんです。お互いに歩み寄って、理解し合いながらコツコツと積み上げてきた信頼関係と、それに伴う彼らの日本市場への興味や理解があってこそだと思います。

 ――経営をするうえでの心構えは。

 とにかく慎重な経営、大失敗をしない経営を心がけています。

 バブル経済の崩壊をギリギリ目の当たりにしたことや、貿易という〝リスクのかたまり〟のような仕事をしていますので、不測の事態でも簡単に倒産をしない基盤を持つ会社作りに重点を置いてきました。幾度か大きな案件もありましたが、それも選ばなかった。もしかしたら、会社を大きくできたチャンスだったかもしれませんが、言い換えると慎重だったからこそ今がありますし、それが私の性には合っている。

 経営者ならいろんな選択を迫られる。私の場合、物事の大小に関わらず、やるか、やらないかの選択が必要な時にいつも三つくらいの質問を作り、自分に投げかけて、その中から選ぶ、という脳内シミュレーションを納得するまで繰り返しています。

 例えば、あるブランドをやるか、やらないか、やる場合はこうならやる、こうならやらないとか、一つ目、二つ目の質問を作るまではポンポンと出てきますが三つ目の質問を作るのが難しい。それを苦しみながら絞り出して、考え抜いたうえで選択すれば大失敗はなかなかしない。もちろん失敗はありますけど、確率はぐんと下がる。大儲けはできませんが、経営は安定するのかなと思います。

 ――足元の経営状況は。

 コロナ禍で中小企業は難局を迎えています。そんな時にお金がなくて焦る、ということがとにかく嫌。幸いなことに焦る必要のない財務状況で、柔軟に立ち回れる余裕がある。無借金経営を続けており、「中小企業としてはトップクラスの安定感」だと銀行も評価してくれています。

 今のところ、この先も大勝負をすることは考えていません。財務状況は安定していますから、ここでガンと攻めてもいいし、その選択肢もありました。すごく迷ったこともありましたけど。

 京都は老舗企業が多い。友人に老舗企業の社長がいて、話を聞いたことがあります。「伝統を潰す可能性があるから思い切ったことはなかなかできない。でも、小さい変化は常にしている」と。私もそれでいいんじゃないかと思います。

たぶち・たくや 1974年京都市生まれ。高校時代、英語の授業を通して知った米国の文化に興味を持ち、英語を猛勉強して卒業後にアリゾナ州の大学に留学し、マーケティングを学ぶ。帰国後、靴の輸入会社へ就職し、独立。07年にバーリオ設立。趣味はスポーツ観戦、テニス、海外の文化を学ぶこと。47歳。

■バーリオ

 07年2月に設立。欧州のアウトドアブランドを中心とした輸入代理店業務が主力。09年に「ティラック」(チェコ)、「クレッタルムーセン」(スウェーデン)の日本代理店となり、これを機に全国のセレクトショップへ販路を広げる。その後、バッグの「バッハ」(アイルランド)や「ミリカン」(英国)、スニーカー「ルンゲ」、フットウェア「トリオプ」(チェコ)などの代理店も務める。いずれも本国ではファッションとは離れた存在のブランドだが、優れた品質と高い実用性、洗練された機能美に着目し、日本では普段に使えるファッションアイテムとして提案。目利きの力と、日本市場にフィットさせる訴求力に定評がある。その手腕が知られるようになり、海外ブランドから代理店のオファーが絶えず舞い込む。新ブランドのディレクションやリブランディングの相談を持ち掛けられることも少なくない。現在、社員は5人。

《記者メモ》

 バーリオに出合ったのは10年ほど前のこと。担当していたセレクトショップで、9万円を超える「ティラック」最高峰モデル「エボリューションジャケット」が一番人気だったことに驚いた記憶がある。

 田渕さん、取締役の澤田篤宏さんに話を聞きに行くと、「消費者に直接手渡してもらうのは販売店。ブランドの本質的な価値を理解してもらい、ブランドへの愛着心と一緒にブランドを育てる意識を持ってほしい」と強調したことを覚えている。

 そのためにバイヤーに対する丁寧なブランド解説はもちろん、ときには現地へ同行してもらうことも。「生産現場や、現地でどんな使われ方をされているのかなど、ブランドを取り巻く環境を見て、触れてもらう」など労力を惜しまない。それは必然的に店頭での深く、濃い接客に生きた。販売店にとっては、人気があって「売れている物だから売る」のではなく、価値を理解したうえで「売りたいから売る」という強いメッセージを持った物になったのだと思う。

(小堀真嗣)

(繊研新聞本紙21年1月29日付)

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