アニエスベージャパンのローラン・パトゥイエ代表取締役社長 企業への深い理解をもう一度

2020/11/08 06:30 更新


【パーソン】アニエスベージャパン代表取締役社長 ローラン・パトゥイエさん 企業への深い理解をもう一度

 若い世代を中心に支持されている「アニエスベー」。昨年には、東京・神宮前に新たなコンセプトストア「アニエスベー渋谷店」もオープンした。同ブランドといえば海洋環境の保全活動などでも知られるが「特に若い世代にはロゴのイメージが先行し、ブランドが熱心にしている社会貢献活動はあまり知られていないのが課題」という。18年5月に就任し、業績好調を支えてきたローラン・パトゥイエ社長にこれまでと今後を聞いた。

実店舗はブランドを体験する場

 ――社長就任から振り返って。

 社長に就任した時に三つの課題がありました。一つ目はもう一度、会社のDNAを見つめ直すことです。物販だけではなく、デザイナーのアニエス・ベー本人が長年関心を持ち、積極的に取り組んでいるアートや地球環境への貢献活動など、我々のポリシーを若い世代に店舗を通じてどのように伝えられるか、そのコミュニケーションが大事だと考えました。

 二つ目はデジタルの強化です。就任当時、ECはすでに順調に伸びていましたが、次のステップとして組織に投資しました。結果、さらに伸長して成長スピードも加速しています。

 三つ目はバッグの「アニエスベー・ボヤージュ」の強化で、売り上げは順調です。最近では、服と雑貨を連動して、ワンブランドで見せる提案も強化しています。

 ――実店舗が大事だ。

 社長に就任してすぐ、東京・青山の路面店の2階にアートギャラリーをオープンしました。販路の90%以上は百貨店で、百貨店でも多少、アートを飾ることはできますが、大々的な展示や顧客向けのパーティーを催すことは難しいです。アニエス本人はいつも「ブランドを表現する特別な空間が欲しい」と言っていて、日本にもそうした場所を作ろうと思いました。

 渋谷店もブランドを体験してもらう場として作りました。パリにいるような非日常的な空間に仕上がったと満足しています。売り上げも19年11月にオープンしてから、12月、年明け20年1月と順調に伸び、手応えをつかみました。しかし、新型コロナウイルスの影響を例外なく受け、インバウンドを含めてお客が戻ってきていないのが現状です。

 ただ、一つ良かったのは、3階のカフェが7月、8月と予算を達成しました。20代の男女が、並ぶくらいの盛況ぶりで、本当はのんびりできる場所を作りたかったのですが、予想以上の反響にうれしく、驚いています。

 ――アートは欠かせない。

 ブランドをを語るうえで欠かせないのはアートです。作品をコレクションするというよりは、アーティストと友達になり、芸術活動を支援しています。実際に、ロースターにフューチュラ、日比野克彦などはアニエスとの親交が深いこともあり、アートの取り組みはブランドにとって、とても価値のあることです。

 直近では、英国を拠点とするアーティストのギルバート&ジョージと協業したTシャツを販売しました。収益をチャリティー活動の一環として、仏パリにある病院に寄付することを目的としました。

渋谷店では今夏、ジャンリュック・ゴダール監督作品のビンテージポスターを展示した。写真は3階のカフェの一角

環境問題はできることから実行へ

 ――若手芸術家の育成も。

 本国では芸術学校の支援もするなど、若手の育成にも熱心に取り組んでいます。パリ店のアートギャラリーでは30歳以下のアーティストを集めた展示会もしていて、日本でも同様の内容を来年開催したいと考えています。絵画や映画、音楽など様々な分野で活躍する若手に光を当てたいと思っています。

 店と連動し、お客がまだ知らないアーティストを知ってもらったり、作品に触れてもらったりする機会を今後も作っていきます。新型コロナで一部、ストップしていた企画もありますが、時期を見て復活させたいと考えています。現在は渋谷店でアニエスのコレクションからフューチュラの作品4点を展示しているほか、今夏にはゴダール作品のビンテージポスターも3階に20枚ほど飾りました。

 ――地球環境への意識も高い。

 アニエスベーはメインスポンサーになっている海に特化した公益財団法人、タラ・オセアン財団の海洋科学探索船「タラ号」のプロジェクトに熱心に取り組んでいます。サステイナブル(持続可能)なこともずっとやりたかったことの一つです。

 社長に就任し、足掛かりとして社内の組織を変えることから始めました。社員の人事評価の項目にもサステイナブルな観点を加え、今年1月から本社社員、7月からは店舗スタッフも対象としました。

 できることから実行に移していけるように、1年ほど前に社内コミュニティーも作っています。本社で働く百何十人の社員から、社内公募で集まった志ある社員10人が活動を推進しています。今年7月1日にはアンバサダーも1人就任しました。

 これまで、社内の各部署で計70個のプロジェクトに取り組んできました。例えば、段ボールの使用量を削減する、職場での電力や紙の無駄遣いを減らす、百貨店の期間限定店でプラスチック製の什器や装飾をなくし、再生利用できるものにするなどです。

 ――プラスチックをゼロに。

 今、一番目標にしたいのは、プラスチックの使用をゼロにすることです。例を挙げるとフェイスカバーです。一部にプラスチックが使われているので、これを紙にしたいと考えてきました。試行錯誤の末、9月から70%プラスチックカットできる素材を採用し始めました。今後はプラスチックゼロの実現を目指し、使用枚数を減らすためマイフェイスカバーの持参を呼びかけることも検討しています。

 プラスチックの使用を抑え、無駄な資源を減らすことは私にとっては当たり前だと思っています。ですので、自然にそういう習慣が根付くといいなと願っています。サステイナビリティーは突き詰めれば複雑ですが、集中してやるしかないです。お客と一緒に考え、参加してもらうことが大事です。

 ――説明できることが大事。

 地球環境に優しい活動を積極的にすることは大事ですが、私たちが何を目指しているのかを説明できなくてはいけません。それはアニエスが考えていることにつながります。彼女はSDGs(持続可能な開発目標)に沿ったシステマティックなことはしたくないと思っています。彼女は長年、地球環境と向き合ってきましたから、自分自身のスタイルでこれからも取り組んでいきたいと考えています。

 家族経営のため、環境活動も経営もそうですが、間違えていると気が付けば、スピーディーに軌道修正できるのは我々の強みですね。

 ――軸はぶれない。

 コロナ禍で分かったのは、企業の軸がぶれないということです。企業規模も適切で、やっていることや言っていることも結果として時流に合っています。成長、成長ではなく、地に足がついた経営を進めていきたい。地球環境にも社会にも責任を持ち、物作りに誠実に向き合って良質な商品を、ストーリーも一緒に提案し続けたいです。 

 日本ではファッションブランドであること、ブランドロゴは認知されていましたが、アニエスがずっとやってきたことや、作ってきたものを真に理解してもらえていなかったのではないかと思っています。既存客にも、新規客にも知ってもらえるのが楽しみです。伝えられるストーリーやコンテンツはありすぎて困っているくらいです。

 ――今後の展望は。

 ECの売り上げシェアは今年、25%を超えると見ています。昨年はECに並行して実店舗も好調でした。私はデジタルの成長には実店舗が欠かせないと思っています。今年は新型コロナの影響で難しいですが、両方が伸びる方法はあると思います。実店舗は百貨店との取り組みも引き続き力を入れていきたいと思っています。

 今、順調なのはヤングラインの「トゥービー・バイ・アニエスベー」で、ECも良いです。プレタポルテとコンバインしている一部の売り場では、ファムにトゥービー・バイ・アニエスベーの売り上げがプラスされていて、自社にとっても百貨店にとってもメリットがあると感じます。こうした実績をもとに、既存店の内容も柔軟に変えていきたいですね。

Laurent Patouillet 1969年フランス生まれ。93年にパリのISG経営大学院でMBA(経営学修士)を取得後に来日。コールマンジャパンに8年間在籍。03年メディア、出版、小売りの仏ラガデール・グループ入社、04年にラガデール・アクティブ・エンタープライズ・ジャパンの代表取締役副社長に就任。18年5月からアニエスベージャパン代表取締役社長。

■アニエスベージャパン

1983年サザビーリーグと合弁会社アニエスベーサンライズを設立。06年合弁を解消し、本国の100%子会社になる。16年アニエスベーサンライズからアニエスベージャパンに社名を変更。路面店は15年に銀座店、19年に渋谷店をオープン。青山店は現在の場所ではないが、84年から構える。アニエス・ベーが着想源にしているアートや写真、映画、音楽、チャリティー、環境保護への思いといった精神を継承し、日本の市場に紹介していくことをジャパン社の使命とする。15年の銀座店と心斎橋店のオープンとともに、ECとデジタルコミュニケーションの強化が奏功し、19年には過去最大の業績をあげた。今後はSDGsを再認識し、より持続可能なビジネスに取り組む方針だ。

《記者メモ》

 パトゥイエ社長は20歳までの多感な時期をアニエス・ベーと同じ仏ベルサイユで育った。アニエスベーブランドは自身が13~15歳の時に立ち上がり、「ティーンエージャーの時から大好き」と笑顔で話す。

 日本に興味を持ったのもアニエスベーの店舗だった。店内に飾られた、日本にゆかりのある数々のアートに触れて日本の芸術や文化に魅せられた。六本木のオフィスにも映画のポスターや、ブランドと関係が深いアーティストの作品がいくつも飾られているが、その中には「一番、印象に残っているかもしれない」と語るヴィム・ヴェンダース監督の「東京画」のポスターもある。 

 同社を含めて三つの会社でキャリアを積んできたが、「結局、すべてアニエスベーの店舗で養った感性や体験につながっている」という。引き寄せられるように同社に入社して2年以上が経った。話の節々からアニエス・ベーの考えを尊重し、良い関係を築きながら、着実に成果を上げている様子がうかがえた。今後にも注目したい。

(関麻生衣)

(繊研新聞本紙20年10月2日付)

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