このところ、列車に揺られてカントリーサイドに取材に行くことが多い。昔から、スコットランドのカシミアニットなど、産地のメーカーや工場の取材ではよく地方へ行った。しかし最近は、デザイナーのアトリエや展覧会などのクリエイティブ取材。
7月には、展覧会「キャットウォーキング:クリス・ムーアのレンズを通したファッション」の取材で、ロンドンの北の玄関口、キングスクロス駅から特急で2時間半、さらに車で30分のバーナード・キャッスルに。今回は、西の玄関口、パティングトン駅から急行で1時間半。地名の由来でもある古代ローマ時代からある温泉で知られるバースへと向かった。
駅名はバース・スパ。ロンドンから日帰りで楽しめる観光地としても有名だ。さらに西へ向かうと、ウェールズに着く。そういえば、前回ウェールズに行ったのは、ロンドンからカーディフに移住した帽子デザイナーの原田美砂さんのアトリエ取材だった。
今回のバース取材は、ライフスタイルブランド「キャベジズ&ローゼズ」の創始者でありクリエイティブディレクターのクリスティーナ・ストラットさんのインタビュー。その内容は9月13日付本紙をご参照いただきたいが、このほどワコールからルームウエアやパジャマのライセンス商品が発売されるというので、ブランドの立ち位置やデザインポリシーについてお話を聞きに行った。
バース・スパ駅からは車で20分程度というので、ちょっと外れののどかなヴィレッジにある自宅兼アトリエを想像していたのだが、たどり着いたのは驚くほどにディーブな環境。タクシーで10分ぐらい行くと、両脇が森林で覆われた未舗装の一本道に入る。ぐんぐん飛ばすが、延々とその様子は変わらない。
少々心配になって、スマホで地図を見ようとしたところ、電波が飛んでないので見られない。そういえば、朝一番でクリスティーナさん本人から、住所の確認の電話をいただいた時に、「携帯は通じないので何かあったら固定電話に電話してね」と言われた。てっきり携帯が壊れているのかと思っていたら、そういうことだったのである。
ドライバーのナビを覗くと、かなり近くまで来ていると思われた時、目の前に作業中のトラックが道を塞いでいる。「前の車、しばらく動きそうにないからここから歩いたほうがいいよ」とドライバー。
えー、携帯も通じない、人っ子一人いないこんな山道で降りたくないと思ったのだが、降りるしかない。トラックを後ろに直進すること5、6分で、目当てのコテージの名前が記された門が出て来た時には、本当にホッとした。
中へ入って行くと、そこにはおとぎ話に出て来そうな素敵な家が現れた。敷地内にはクリスティーナさんの自宅、アトリエ、長男家族の自宅など、いくつかの家が並んでいる。アンティーク調のテープルや椅子に、ピンクのバラ柄やストライプのクッションが置かれた庭の中のリビングルームといった感じの大きな東屋もある。建物の1つはAirbnb(エアービーアンドビー)。つまりオンラインで予約して宿泊できるコテージになっている。
クリスティーナさんはロンドンで生まれ育ち、「ヴォーグリビング」誌のスタイリストを経て、旦那さんの実家のあるバースへ移住。2000年に英国カントリースタイルをモダンにデザインした「キャベジズ&ローゼズ」を立ち上げた。この環境から誕生した服やインテリアグッズは、タイムレスでスペシャルな優しさを放っている。
「ロンドンの喧騒から離れたスモールライフは自分にあっている。ロンドンでデザインしていたら、違ったものが出来上がっていたと思う」と言う一方、「ここで生まれ育ったのではなく、ロンドンからここに来たので、見えてくるものもある」とクリスティーナさん。
現在、クリスティーナさんはクリエイティブディレクターとしてクリエイション面を、ビジネス面は、マネージングディレクターである長女のケイトさんが統括している。
マーケティングやカスタマーサービスはロンドンのオフィスで行なっているが、諸々手狭になったので、今月、ここから車で40分ほどのところにあるイエローハウスと呼んでいる建物に新しいオフィスを構える。ケイトさんはそこに住む。音楽フェスティバルで有名なグラストンベリーの近くだそう。
実は6月にも、あるデザイナーとバースの話をした。20年近く前に「ダブル・オー」というブランドでロンドン・コレクションでショーもしていた中山賢一さんだ。 グラデュエート・ファッション・ウィークで、バース・スパ大学の展示ブースでばったり再会。中山さんは現在パリに住んでいるが、週2回、バース・スパ大学で教えているそうだ。
「今度バースに来る時には是非大学に来てください」と誘っていただいたのだが、今回は時間もなく、大学もまだ夏休み中だったので、次回は是非。
バースには私が尊敬するファッションジャーナリストのイアン・R・ウェブさんも住んでいる。以前タイムズ紙の記者などをしていた彼は現在、ロンドン郊外にあるキングストン大学の教授をしている。
みんなフツーにロンドンやパリとバースを行き来している。バースは近い。でも、キャベジズ&ローゼズは遠かった。その遠さが素敵だった。
あっと気がつけば、ロンドン在住が人生の半分を超してしまった。もっとも、まだ知らなかった昔ながらの英国、突如登場した新しい英国との出会いに、驚きや共感、失望を繰り返す日々は20ウン年前の来英時と変らない。そんな新米気分の発見をランダムに紹介します。繊研新聞ロンドン通信員