私は大阪支社で記者をしております、小堀と申します。今日は3月4日の繊研新聞8、9面に掲載された特集「イチ押し差別化素材」を皆さんにご紹介します。
この特集は繊研新聞の数ある特集のなかで、長寿企画の一つ。さかのぼると20年以上前から続いている企画です。内容は特集タイトルにあるように、繊維素材専門の会社による“イチ押し”の素材を紹介するという内容です。
掲載している素材は、合成繊維や天然繊維の素材メーカー、加工業者が開発した独自技術による素材、あるいは繊維商社が扱うオリジナル素材を幅広く載せています。
商品価値を高める上で、「素材から見直してみたい」とお考えの方にはぜひご覧いただきたいと思っています。アパレル・ファッション業界に関わりがなくとも、暮らしに身近な衣服の素材開発の現在地をざっくりと、ですが知れる内容となっています。
■増えてる?“素材推し”
突然ですが、あなたには気になる素材はありますか?ここ最近、店頭を見ていると“素材推し”のブランドが増えているような気がします。仕事柄というのもありますけど、「とろける触感」とか「着ていることを忘れる軽さ」などなど、そんなキャッチコピーにひかれてついつい触れてしまう――、そんなことが増えました。素材推しと言えば、「ユニクロ」の「ヒートテック」「エアリズム」まで遡れば、これまでにも素材が価格やデザインと並んで商品購入の決め手の一つになっているケースはあります。ただ、その傾向が一般化したと思っています。
素材をブランド化したり、わかりやすいキャッチコピーを作ったり、伝え方もますます洗練されてきたように感じます。前回のコラムでも少し書きましたが、“デザイン性”と比べれば素材の方が価値を伝えやすいのではないでしょうか。
今回の特集に並ぶ素材も多くは、触れた時、身に着けた時の心地良さをアピールするものが目立ちました。諸物価高を背景に、価格に見合った価値を見極める目がより厳しくなっているからこそ、より伝えやすい要素に重きが置かれているのでしょう。
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■もっと心地良く、もっと環境に優しく
今回は13社の素材を紹介しました。内容は合成繊維、天然繊維の素材、加工技術など様々。どの素材も風合いの良さや触れた時の心地良さ、実用性に優れ、「自然環境に対する負荷も抑える」という課題にも向き合った素材が揃いました。
興味深かった素材の一つが東レの「エコディアN510」です。これは植物由来の原料だけで作られたナイロン繊維。かばんで有名な吉田の「ポーター」に採用されました。“部分的に植物由来”というナイロンはほかにもありますが、100%は希少な存在とのこと。
「ポーター」を象徴するシリーズ「タンカー」発売40周年に合わせた全面リニューアルをきっかけに「エコディアN510」が選ばれました。「ポーター」のかばんを象徴する滑らかで品のある光沢をまとった表地はご存知の方も多いと思います。その素材が植物由来に切り替わり、いよいよこの春から店頭に並びます。
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他社の素材も環境負荷を低減する要素が詰まっています。日清紡テキスタイルはパンティーストッキングをはじめ、インナーウェアなどに使われているスパンデックス(伸縮する繊維)の「モビロン」で、原料の25%以上をバイオマス原料に置き換えた「バイオマスモビロン」の販売を進めています。
ユニチカトレーディングは、ポリエステルストレッチ繊維「Z-10」(ゼットテン)と、パルプを主原料とするジアセテート繊維を複合した「スターフレックスNR」がイチ押し。
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クラレトレーディングのシンジオタクチックポリスチレン(SPS)という樹脂を用いた繊維「エプシロン」は、SPSそのものが高い疎水性(水と混ざりにくい性質)を持ち、撥水(はっすい)性(水をはじく性質)に優れています。繊維化しても撥水性を発揮しますから、世界的に規制が進むフッ素系撥水剤が必要ありません。
レンチンググループは、再生可能木材が原料のレーヨン「エコヴェロ」。同社によりますと、「『エコヴェロ』の生産工程における水の使用量、二酸化炭素排出量は一般的なレーヨンより最大で50%削減される」と言います。
繊維商社のヤギが推すのも「エコヴェロ」。これに再生ポリエステルを組み合わせたフリース「テラスペック」を打ち出しています。
クラボウは主力原料が綿。肌になじむ柔らかな風合いと、自然環境中で生分解するという天然原料ならではの特徴が売りです。さらに同社の「ネイテック」は、綿100%の糸でありながら独自の改質技術で発熱や吸放湿、保湿、UVカットなど様々な機能を付与できるユニークな素材です。
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表からは見えませんが、衣服の完成度を高めるのに欠かせない芯地のようなパーツ類も環境配慮型にシフトしています。日本バイリーンのシャツ用接着芯地「39××(バツバツ)」は再生ポリエステル製です。
■加工で工夫凝らす
ここまで環境配慮型の原料にフォーカスしました。ここからは加工によって工夫を凝らした素材を紹介します。
繊維商社の豊島は、天然の様々なオイルに着目。アロマ専門店とコラボしたオイルや、地域特産の植物から抽出したオイルを使って、生地を加工する“オイル加工”をアピールしました。この加工で「生地が柔らかくなったり、膨らんだり」風合いが変わるそうです。
帝人フロンティアは海洋環境で問題になっているマイクロプラスチックに焦点を当てました。同社の「サーモフライ」という素材は、生地表面に無数の繊維が立ち並び、高い保温効果と柔らかい肌触りが特徴です。特殊な繊維加工技術により、生地から繊維が脱落しにくい。一方で一般的なフリースは繊維を引っかいて“起毛”させることで繊維が脱落しやすく、ポリエステル製ならばそれがマイクロプラの発生につながると指摘されています。これに対し、「サーモフライ」はポリエステル製のフリース代替として採用実績が増えています。
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このほか、染色加工業の岐センは、ナイロンを改質する加工「バゼロ」が好評です。バゼロによるナイロン生地は、合成繊維の生地なのに天然調の風合いになり、細かなしわが現れます。加工に使われる薬剤の使用も抑えている点も支持されています。
一方でカワボウ繊維は、主力素材のウール調ポリエステル・レーヨン複合素材を必要なスペックは押さえつつ、仕様を変えて販売価格を抑制。素材のユーザーが使いやすいように工夫しました。
■広がるアップサイクル
繊維素材の“アップサイクル”も引き続き注目されています。素材メーカーとファッションブランドや自治体など様々な取り組みが増えていますが、異彩を放つのがシキボウグループの「彩生」。昨年、大阪城ホールで開かれた音楽イベント「ロックロックこんにちは!」と連携したイベントが話題となりました。会場ではイベント参加者から中古Tシャツを回収し、スピッツなど出演アーティストやイベントスタッフからもTシャツを回収しました。それを全部ミックスして翌年のイベントTシャツに生まれ変わらせるという企画を実施したのです。
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Tシャツを持ち込んだ方々の声を聞くと、「単純に廃棄するんじゃなくて、大好きなアーティストのイベントに関われて、そのアーティストのTシャツと一緒に新しいTシャツの材料になるなんて嬉しい!」とテンション高く話してくれました。アップサイクルだからできる新しい価値を「彩生」が示してくれたように感じました。
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■まずはたくさん見て、触れて
素材の担当記者になってちょうど10年くらい。素材は服など製品になってしまうと脇役に回ってしまいますが、素材は製品の使い心地を大きく左右します。そして時には感動させることもできる。それをつくづく感じます。まずはより多くの素材を知って、見て、触れるところから。あなたの物作りのヒントが見つかるかもしれませんし、素材に対する関心が広がるかもしれません。
こぼり・しんじ 大阪支社編集部・記者。2007年入社、大阪支社でスポーツメーカー、小売業を担当。2012年に東京本社へ異動。翌年以降、川上分野を担当。副資材、合繊、商社、経済産業省を担当し、2020年に大阪支社へ。現在は紡績をメインに担当。滋賀県出身。