「先人が作った服を売り、自分たちが消費するだけでは何も残らない。自分たちでも残るものを作りたい」。約9年にわたり古着店「サマーオブラブ」「ブルールーム」(東京・渋谷)を運営してきた角谷駿は27年春夏、ストリートブランド「コートレーン」をスタートする。
(坂入純平)
勝手に盛り上がる
ファッションの原体験は、母親が愛用していたブランド「デザート」。中高生時代はヤフオクやブログで服を探した。「アサヤン」などの雑誌文化にも影響を受け、店づくりにも生かされている。高校生の頃には裏原宿のカルチャーに触れ、夜行バスで東京に通うようになる。18歳で上京し、21歳頃から集めていた「アンダーカバー」などの服を売り始めたのが店の出発点だ。
サマーオブラブでは90~00年代初頭のデザイナーブランドを扱い、欧州ブランドの新品も買い付ける。ブルールームでは同時期のストリートウェアを中心に古着を扱う。同じ空間に二つの店が同居し、ストリートとデザイナー、古着と新品を組み合わせた着こなしを提案してきた。
誰かに求められて始めるのではなく、「勝手に盛り上がる」動きを大切にする。ストリートブランドを「仲間と一緒に自分たちが本当にクールだと思うことを生み出していくカルチャー」と捉え、「外部からの評価や支援よりも、自分たちの価値観や感覚を信じることが何より大切」と話す。
象徴するのが、ナイキとの関係だ。メンバーの一人が「ナイキバイユー」で作った「エアマックス95」をほかのメンバーも気に入り、それぞれ色違いで履くようになった。友人や海外にもその輪が広がり、ナイキに関わる人たちとの接点も生まれた。
ブルールームでは各国から集めた古いナイキを扱い、シューズをリソールして提案してきたが、現在は新品も正規に扱うようになった。25年3月には復刻した「エアマックス95OG〝ネオン〟」を世界に先駆けて販売した。
自ら作り、残す
コートレーンは東京のストリートを背景に、ファーストシーズンを全33型で構成する。ロゴTシャツやストライプシャツ、パーカ、ワークウェアなどを揃える。パーカは和歌山の工場とスウェット生地から作り、ワークウェアやデニム系の商品は岡山で生産する。
価格はロゴTシャツの9900円からレザーボンバーブルゾンの17万円まで。ロゴTシャツは1万円を切る価格にした。「極力買えるものがあるというのはストリートブランドとしてやりたかった」と話す。
初回展示会には約40社が来場。27年1月にはパリでも展示会を開く。海外では、現地ブランドとの協業を重視する。シドニーの「108ウェアハウス」とはキャップを共同で企画する。コラボレーションを「その地域のコミュニティーへのアクセス」と位置付ける。「まず遊びに行って、友達になって、何か格好いいものを作る。それがストリートとしての大前提」
角谷は取材中、影響を受けたヴァージル・アブローの「僕たちは一つの世代であり、ムーブメントの一部だ」という言葉を引用した。自身もストリートの大きな流れの中の「通過点」と捉え、「支えて、次へ次へとつないでいく。ストリートの文脈を下の世代に伝えていきたい」という。
一部アイテムを生産する岡山では、受注会を開く。岡山には海外のメゾンからも生産を受注する高い技術がある一方、その価値や物作りの面白さが、街の若い世代に十分伝わっているとは限らないとみる。若い世代にコートレーンの服に触れてもらう。10年後を見据え、そこから若い世代による新たなブランドや動きが生まれることを期待する。

