元「金融女子」、コスプレ服「ATUKOSVET」で世界へ

2018/04/11 04:27 更新


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 日米の金融界で約10年間、投資業務に携わってきた元「金融女子」がコスプレ服で世界に挑む。10代からコスプレイヤーとして活躍してきた堺敦子さんが企画・販売するのは、男女年齢の別なく着られる洋服ブランド「アツコスヴェト」。大手企業で培った事業構想力や語学力、コスプレイヤーとしての知名度を生かし、ニッチな市場をグローバルに掘り起こす。2月に行われた東京都の海外進出女性起業家支援コンペにも合格、海外市場開拓への道も広がった。

 堺さんは「Hikari」の名前で16歳からコスプレを楽しみ、これまで約10カ国のイベントに参加してきた。学生のころからバックパッカーとしても50カ国ほど旅をし、アニメやコスプレ熱の強いロシアやインドネシアの言葉も多少はできるようになった。


◆世界で有名に

「日本の生地を使った国内縫製できちんとしたコスプレ服をつくっていきたい」と話す

 大学卒業後は金融の道に進み、最初の3年はコスプレを休んでいた。「同期に負けないように土日も勉強していました」。しかも入社直後にリーマンショックが起こり、社内もぴりぴりしてコスプレどころではなかったという。それでも仕事が落ち着いてきたため、コスプレを再開。3年の過酷な業務で「馬力がつき」、コスプレにも熱を込められるようになると、マルチな語学力や控えめな日本人コスプレイヤーらしからぬアピール力でHikariの名はその世界でさらに有名になった。

 その後、キャリアを積み仕事の責任も重くなったため、平日の夜や週末だけではコスプレ活動の時間がまかなえなくなっていった。そのころ、米・生保会社への転職でニューヨーク勤務の話が持ち上がった。金融業界でのその後のキャリアを約束される転身であり、堺さんはコスプレ活動が表に出ると困ると思い、英語のサイトを閉じた。


◆好きなことを仕事に

自身もコスプレイヤーとして活動

 すると、海外のファンからサイトの復活を願う熱いメッセージがたくさん寄せられ、勝手に応援サイトを作るファンも現れたという。ニューヨーク勤務から日本に戻り、別の金融機関で働き始めたが、金融の仕事とコスプレの間で心は揺れた。結局、好きなことを仕事にしようと決め、昨年8月、32歳で会社を辞めた。

 大学卒業時には「アパレル業界に進もう」と思うぐらい装うことに関心があったため、洋服作りを次の仕事にしようと思った。具体的には、高い品質のコスプレ服を世界に売ることだ。

 市中に出回っているのは中国製が多く、縫製レベルなど、お世辞にも質は良くないという。「日本の生地を使い国内縫製で納得いくものを作りたかった」。上質なコスプレ服市場は国内だけだと限られるため、最初から世界を目指すという。ニッチな市場でも世界に目を向ければそれなりのボリュームになるからだ。

 イベント用に作った最初のコレクションはシタテル(熊本市)に依頼して生産したが、2作目は自分で生地や製品化まで管理することにした。宇仁繊維や石川レースなどの素材を使い、知り合いのパタンナーに頼って岐阜のアトリエで生産している。

 自身の名前と光を意味するロシア語を組み合わせた「アツコスヴェト」(ATUKO SVET)がブランド名。「晴れ着」という考え方なので、ファッションカレンダーは気にせず、新作ができたらSNSなどで告知して販売につなげる。ブラウス1万6500円から、スカート1万6000円など。昨年12月にはクラウドファンディング(CF)のプラットフォーム「マクアケ」にプロジェクトを掲載し、調達金額は目標の283%に達した。

 東京都の支援(APT for Women)を受けることになったことで、金融機関やシリコンバレーでのピッチ(プレゼン)も可能になった。今後はSNSやユーチューブなどをフル活用して国内外でのブランド認知度を高めたい考えだ。アメリカ最大級のCFプラットフォームにも出したいという。

 自社サイトでのECにも乗り出す計画で、次の作品は国内外同時に販売する。「ブランド認知が広がれば、ショップも出したい。男女向けの洋服とうたっているので、試着したいという要望もありますから」。ニューヨークやロンドンに出せれば、と堺さんは話している。

2作目のモデル役を買って出たのは40歳の女装男子


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