11月、アントワープ王立芸術アカデミー時代の恩師であるエルケ・ホスティ氏が日本を訪れました。彼女は同校で32年間教壇に立った後に早期退職し、現在はフィレンツェで教えています。私は彼女とともに東京の服飾学校を見学し、学生にプレゼンテーションをしてもらい、交流する機会もいただきました。日本の服飾学校を恩師と訪れることは新鮮であり、特別な体験でした。
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国際化の波
ベルギーにはアントワープ王立芸術アカデミーと並ぶ名門校として知られる、ラ・カンブル国立美術学校があります。多くの著名デザイナーを輩出し、その独自性は高く評価されてきました。ホスティ氏は今年6月にラ・カンブルの卒業審査員を務めましたが、特に印象的だったのは、卒業ランウェーの〝エクスクルーシブさ〟だといいます。観客は約50人の業界関係者に限られ、家族でさえ入場できないという徹底ぶり。学生たちはショーの後、デザイナーや著名人たちと食事をしながら卒業を祝い、プレゼンをするそうです。
近年、ファッション教育は国際化が進み、多くの学校が授業を英語化しています。パリの学校も英語化を推進し、国際的な存在感を高めているように見えます。しかし、ラ・カンブルは現在でもフランス語での授業を推奨しています。多言語都市ブリュッセルでは異例ともいえる方針です。ホスティ氏は、この〝個性を守る強さ、そして変えるのではなく発展する方を選ぶこと〟を高く評価していました。
各地で〝アントワープ的〟な教育方法を取り入れる学校も増えています。彼女は長くファッション教育の変化を見てきましたが、模倣ではなく独自の教育哲学を持つ学校にこそ魅力を感じると語ります。

学校のDNA
一方、私たちが訪れた日本の学校には独自の哲学が根付いていました。服そのものへの深いリスペクト、膨大な資料を基にファッション史を丁寧に分析する姿勢、現代の業界を理解するための充実した環境――そこには、衣服とファッションを静かに分析し続けるような、「冷静な情熱」ともいえる独特のアプローチがありました。

国際化が進んでも、地域に根ざした教育の価値は揺らぎません。ファッションは元来、その土地に暮らす人々に向けてつくられるもので、プロポーションや色彩、ディテールなど芸術感覚に民族的なDNAが存在します。実際、LVMHプライズなど国際的な場で日本出身デザイナーの活躍は大変多いですが、それらの作品はヨーロッパに寄せたものではなく、独自性を極めた先に生まれたものだと考えています。世界を理解した上で独自の文化や感性を磨き続ける姿勢こそ、国際競争力につながるのではないでしょうか。私が訪れた学校からは、日本から世界を知ろうとした形跡、そこに先輩方が挑んだ足跡、そしてその哲学を次世代の生徒が受け継ぐ、学校のDNAのようなものを感じました。
日本の学校を巡りながら、私は「土地と民族のDNAを持つ教育は、すばらしいクリエイターを生み出すのだ」と実感しました。


