最近、デザイナーコレクションが変わってきたとよく聞くようになりました。商業主義的という言われ方もしますが、パリをはじめとするコレクションはもともと、服を売るための巨大な舞台装置という側面があるはずです。一体、何が変わり、どんな方向に進むのか、小笠原拓郎編集委員が解説します。
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パリを中心とするプレタポルテ(高級既製服)コレクションの在り方は、大きく変容しようとしている。新しい美しさや価値観を探すことよりも、商売のための販促イベントのようなショーが増えた。新しい美しさを探すことよりも、マーク(ロゴ)を使ったブランディングがもてはやされる。新しい美しさよりも、リアルクローズを有名アーティストに着させてネットで拡散することに価値がある。ヒップホップコミュニティーとの親和性のあるデザイナーやSNSのフォロワーを何万人も持っているデザイナーばかりがほめそやされている。
コマーシャルでイージーに売りやすいものを求める風潮が強まっている。作り手も売り手もメディアもそこに安住して、新しい価値観を見出して販売しようという志を持っている人たちはわずかのように思える。
■無難なデザイン強まる
かつてのパリ・コレクションといえば、もっと自由な精神にあふれ、新しい価値観をデザイナーたちがぶつけ合っていた。80年代は何よりも新しいことをすることが重視され、変化するトレンドに観客たちは心躍らせた。90年代は変化する意味合いが問われ、80年代のようにただ新しさを追えば良い状況ではなくなった。とはいえ、90年代は次々と現れる若手デザイナーの存在がパリに活況を与えていた。
90年代後半のパリ・コレクションは、現在の2倍に近いブランドがショーを行っていた。当然、公式スケジュールには収まりきらず、オフスケジュールのショーがオンスケジュールの裏に1時間刻みで行われるような状況だった。ロンドンやアントワープ、ブリュッセルやウイーンといった都市から次々と新人が登場して話題をさらった。インディペンデントのデザイナーブランドがゆえの自由な発想が見る者を刺激した。
90年代後半に老舗ブランドが買収され、ラグジュアリーブランドのコングロマリットができて以来、パリ・コレクションは徐々に変わっていった。創業デザイナーが去ったブランドに新しいクリエイティブディレクターを据えて、ブランドのリニューアルを図っていった。当初は老舗ブランドの手作業の技と新しいディレクターとのマッチングで起こる新しい美しさが話題を集めた。しかし、数年ごとに起こるデザイナーの交代劇で、かつてと比べるとラグジュアリーブランドのビジネスモデルにもマンネリ感が漂っている。
「メゾンのコード」と呼ばれるブランドのアーカイブや伝統をもとにしたデザイン手法が、ラグジュアリーブランドのクリエイションの基礎になった。それ自体を否定するわけではないが、伝統を背景にした無難なデザインが主流となり、デザイナーの自由なクリエイションと一線を画すような状況が生まれている。何兆円というラグジュアリーブランドの売り上げが、デザイナーの自由なクリエイションに〝かせ〟をはめているようにも思える。そして、現在のパリ・コレクションでは、約3分の1がこうしたリニューアルを進める老舗ブランドとなっている。このことも、プレタポルテ全体の閉塞感と無縁ではない。
■純粋に楽しむこと
20年春夏デザイナーコレクションの話題の一つが、「ドリス・ヴァン・ノッテン」のショーへのクリスチャン・ラクロワの登場だった。実は、春夏のドリス・ヴァン・ノッテンのコレクションは、クリスチャン・ラクロワがドリスのデザインチームに参加して作り上げた。一線を退いていたラクロワにドリスが声をかけて共同作業が始まった。「最近のファッションで失われかけていたものを取り戻すこと。ドレスアップする喜び、ファッションを楽しむこと」。ドリスのコレクションの根底にはそんな考えがあった。同時にドリスは、「近頃ファッションは商業にフォーカスしすぎている傾向にある」とも指摘していた。
ファッションはビジネスではあるのだが、デザイナーブランドの場合、デザイナーのクリエイションが背景にあって成り立っている。しかし、近頃、ビジネスとしての側面が強まりすぎている。だからこそ80~90年代のように純粋なクリエイションを目指したという。今、曲がり角にあるプレタポルテにおいて、新しい美しさに挑みながら商業として成り立たせるバランスをどう作るのか。そんなデザイナーたちの葛藤が、今後のプレタポルテの存在価値を左右する。
(繊研新聞本紙20年1月6日付)