原形から作るー研壁宣男インタビュー

2014/03/14 00:00 更新


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 東京でショーをしているブランドで、ビジネスとしても成立しているところは多くはない。そんな中で、「サポートサーフェス」はクリエーションとビジネスを両立している数少ない存在だ。たおやかな中に併せ持つ凛とした空気、風をはらんで揺れる軽やかさ、透明感のある鮮やかな色。デザイナーの研壁宣男に、そうした服作りの背景にある思いを聞いた。 

■作ったものに飽きることが次の創作のソースになる

 服を作る際にテーマはありません。外からソースを持ってくることもない。旅先や美術館で何かを見て感動することはあっても、それをコレクションの中にエッセンスとして取り入れることは振り返るとありませんでした。

 では、毎シーズン何がソースになるのか。それは外に転がっているものではなく、自分の身の回りの中にあるものだという気がしています。一番大きな力となるのは過去に作ったもの。シーズンを積み重ねる中で、やったものに対して次はどうしたいかです。

 トレンドの形とかカラーにしても、先シーズンや1年前にやった色をずっと見続けている自分がいる。それに対して「色相はちょっとこれじゃないよね」とか、やってるものに飽きることが次の創作のソースになるんです。今やっているもの、1シーズン前にやったもの、あるいは過去のものを振り返ってみて、何をやってきて何をやっちゃいけないのか、何を発展させなきゃいけないのか。そのバランスです。

 前シーズンやったものは、半年間ずっと向き合っているから飽きている。でも、もっと見て見て見て、そうすると次のものがなんとなく見えてくるんです。見えてくるというよりも、実際次のことをやろうとなった時に手がどう動くかなんですが。

 僕の場合は明確なイメージがバッとあって、それに向けて形を作っていく服作りではありません。形をゼロから作っていくので、具体的な形になるまでのスパンがすごく長い。こういうのを作ろうぜというのが最初からあるわけではなくて、なんか分からないけどとりあえずピンワークをしていって形が出来上がってくる。

■時間を置いて、冷静になった心で見る

 模索状態でピンワークを始めて、どっぷりつかって丸3、4日かかる。いいんじゃないかとなると1回生地で組んでみる、そこで形だけだったものが服になった時にどういった問題がおきるのか、たとえば頭が入るのかといったことを見ていきます。オブジェから服に昇華させていくためのスパンが長いんです。一つの形で20回は組み立てていると思う。やり直しというんじゃなくて、修正点が日によって出てくるんです。

 ある程度までできたら、そこで全てを終えちゃわないで、少し時間を置きます。集中してやっていると情が入って、これだけ一生懸命やったからこれでいいんじゃないかって盲目になる。だから距離を置かないと冷静に見られない。

 詰めて詰めて詰めてやって、完成間際にちょっと置いて明日の朝見る。翌朝見て完璧だと思っても、本当にいいのか2週間後に見る。そうすると「ちょっと違うかも」「これアウト」ってなる。時間を置くと心がいい意味で残酷になりますから。でも、本当にかっこいいものってそこでもかっこいいですからね。時間を置いて見ると、そのものの本質が見えてくるんです。

 言葉で表現すると、「デザイン=変形」になってしまいますが、僕は変形するのではなくて、原形を作っている。不思議なデザインだけれど違和感がないとか、自然に体になじむ形だとか、最終的にそこにもって行きたい。

 今は誰でも服を作ることができる時代です。定番的な形があって、それをあえて変えなくても素人さんがPCソフトで服を作ることができる。僕は素人のできないことをやらなきゃ意味がない。そういう気持ちでブランドを始めたし、原形から見つめていこう、作っていこうというのがブランドのコンセプトです。

 

■洋服の枠の中でいかに勝負するか

 3、4シーズン前や数年前に作ったものは作品になるけれど、新作は僕にとって作品というよりも商品です。作っている時も、商品の枠の中にいかに入れていくかを考えている。枠から外れたものを作るのではなくて、枠の中でどれだけ勝負できるのか、それがシビアなところです。

 昔は枠ってつまらないと思っていました。洋服の枠なんて飛び越えて、こんなものを洋服っていってもいいんじゃないかって。でもそれはごまかしだらけ。枠から外れていこうという意識の時は、洋服から逃げているわけですから。洋服の枠の中でいかに勝負するかになると、それは消費者の目線で見るということになります。

 枠を飛び超えるのは学生さんとかがうまいと思うけど、でもそれはオブジェであって服ではないと思う。僕が追求することではないなと。イタリアで働いていたんですが、あっちは服に対してシビアで、人が着て美しいのかどうかが重要視されていました。リアルクローズはイタリアはすごい。服のあるべき姿、ベーシックはそこで学びました。イタリアで多くの人ができることではない経験をしてきたんだから、それを生かしていかないと。

■憧れを形にする妄想劇場

 僕の服は単純にきれいというよりも、なにかひっかかるもの、刺激物であるといいなと思っています。ただきれいなものを作るというのもそれはそれで難しいんだけれど、単純に美しさだけを追い求めていると、ブランドとお客さんの年が並行移動してしまう。常に新しいお客さんのハートも掴まなければいけないから、いかに時代と呼吸をしているかが大切になる。

 新しいものを考える時、そのためのメンタルコンディションにどう持って行くかが大変です。好きだけでやっていたことが段々ビジネスになってくると、色々と考えるようになる。創作だけじゃなくて売れなきゃいけないとか、時代性に沿っているのかとか、なおかつ造形的に美しいのか、自分は作って満足するのかといった様々なことをクリアしなければいけない。

 経験を積んで色んなことを知っちゃった以上、自分の中で雑音を処理して、なるべく純粋な気持ちで作りたい。純粋な状態に気持ちを持っていくのは昔より難しい。昔はそこに気持ちを持って行くということ自体考えてもいなかったですし。

 自分はロジカルなゆえに、憧れを形にしているのかもしれません。女性にこういうものを着て欲しいというのが原点にある。女性に感じる夢みたいなものってあるじゃないですか。「軽やかでいいな」とか、自分とは違うところに感じる夢。押し付けになっちゃうといけないんですが、自分じゃないものを自分の手で作れるのなら、自分が憧れている世界を作る。そんな妄想劇場みたいなものかもしれません。

 


14年春夏コレクションから


■伸び代は“母ちゃんのおにぎり”みたいな部分

 ものに対してすごい魂をこめて作ってきたつもりです。職人ってそうじゃないですか。目の前の素材や道具、作るものに魂をこめている。ただ、それって使う人のことまで考えて心をこめているのとは違う。心をこめるっていうのは、たとえるなら母ちゃんのおにぎりです。母ちゃんのおにぎりって、米の質がどうこうとかではなく、息子や娘のことを思って作るから美味しいおにぎりになる。

 自分に足りない部分や成長する部分、これからしなきゃいけない部分があるとしたら、母ちゃんのおにぎりみたいな部分かなと思います。女性っぽい愛情と言うか。気持ちの持ち方であったり、サービスのあり方のことです。ものに魂をこめることは職人として当たり前のようにさんざんやってきた。それだけだとリピートになる。その先のことを考えられるようになった時に、もう一皮も二皮もむけられるんじゃないか、発展できるんじゃないかと思っています。


すりかべ・のりお 66年岐阜県生まれ。高校時代をDCブランドブームの中で過ごし、桑沢デザイン研究所へ進学。2年生の時に「彗星のように出てきた」ロメオ・ジリに衝撃を受けて、卒業後89年に渡伊。ロメオ・ジリでアシスタントデザイナー、有力セレクトショップ、ディエチ・コルソコモのオリジナルのチーフデザイナーなどを経て、04年に帰国。06年から東京でショーを行っている。


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