東西両雄のトップが語る百貨店の成長戦略

2013/07/24 00:59 更新


 12年秋に増床改装オープンした阪急うめだ本店と、13年春にリモデル開業した伊勢丹新宿本店は、新しい百貨店像を業界内外に提示し、大きな話題を呼んだ。開業後数カ月経ったこの時期に、阪急阪神百貨店の荒木直也社長と三越伊勢丹ホールディングスの大西洋社長に、リモデルの成果や課題、成長戦略などを話し合ってもらった。-繊研新聞7月24日付け(百貨店特集より)


以前の姿取り戻す

--改装の手応えは。

荒木 「劇場型百貨店」をテーマに、百貨店で驚きや発見、感動をお客様に感じてもらい、我々が提案する生活文化価値を伝え、集客と購買に結び付けたいと考えていました。結果として新規のお客様は拡大しています。もう一つのテーマである次世代客となる若い客層の拡大も、客数ベースで伸ばすことができました。本来メーンのターゲットであるアッパーミドルのお客様も順調に増えています。

大西 再開発をしたのは、もう一度、百貨店のあるべき姿を取り戻したい、お客様が昔百貨店に感じた「ワクワク」「ドキドキ」「感動」する空間にしたいと考えたためです。新宿本店に対するお客様の期待値は高く、新しい価値創造のできる店作りも目指しました。数字は予定値以上ですが、仮説は3割ほど外れ、課題を残しています。

--互いの店舗の印象を。

荒木 伊勢丹新宿本店はファッションのメッセージが強烈に出たお店になったと強く感じます。レディスファッションのあの内容を、1~4階で収められたことがスゴイですね。ファッションを軸にしたライフスタイルと店内環境、コトを総合的に提案されており、手法こそ違いますが我々の改装と方向性は似通っていると思います。

大西 初めて拝見したときには、エスカレーターに乗った瞬間にゾクゾクッとしました。上層階を含めてお客様が新しさを感じられる空間を作られており、「半年後にオープンする新宿本店も負けてられない」と奮い立たせられました。実際、店の若いスタッフ約250人を視察しに大阪へ出張させたほどです。

新しい店作り

--リモデル実施の背景は。

荒木 梅田エリアの小売業による過当競争や予定されていた大阪駅再開発などを勘案すると、阪急うめだ本店がその中で埋没しないためには、新しい形の百貨店を作り、基幹店にふさわしい競争力を付ける必要があると判断しました。今後はモノの集積ではなく、情報発信やサービス機能に面積を割くことが求められていましたので、リモデルは当然増床を伴った建て替えになる必要がありました。

大西 百貨店の収益力の低さは店舗間の同質化が一番の原因です。自分たちが創造し、それに対して一定のコントロール権を持つ仕組みが百貨店にはありません。これを少しでも変えるには、新宿本店でそれを実践していく必要がありました。また、当社の利益の8割以上は新宿本店で生み出しており、「あるべき姿」や「新しい店作り」を、新宿本店でやることが百貨店の次の姿を描くステップになると考えました。
 よく「これは新宿だからできた」と言われます。もちろん、集客力などは場所によって大きく違いますが、同質化から抜け出す店作りは、それぞれの店で追求できると思うんです。2000平方㍍や3000平方㍍の専門店で良い店はいくらでもあるわけですから。

--リモデルの成果を具体的に。

阪急阪神百貨店社長 荒木直也さん
阪急阪神百貨店社長 荒木直也さん


荒木 カテゴリー別では時代の追い風もあってラグジュアリーが好調。これは予定を大幅に上回る勢いです。2階に切り出したバッグや、ブライダルに特化したジュエリーギャラリーは、立地と〝軽い〟売り場作りから若いお客様に来店していただいています。
 新規客の増加は顕著です。現金と他社クレジット客の比率が大幅に増えており、従来、自社クレジットとの売り上げ比率は65対35ですが、現在は55対45。商圏別では、阪急沿線を中心とした基本商圏の売り上げの伸び率は前年比50%増なのに対し、近畿周辺部や中・四国含む商圏外の売り上げは80%超増になっています。外商の口座数は5カ月間で10%増えています。
 次世代の百貨店客の開拓も進んでいます。婦人服の購入客数で一番多く、高い伸びを示しているのが、我々が重視している20代後半と30代前半客です。
 滞留時間や買い上げ率も「コト提案」が奏功し、向上しています。一人あたりの店内滞留時間は2.2倍。入店客に対するレジ買い上げ客は20ポイントほど上がり75%になっています。
 
大西 予算は前年比5%増で組んでいましたが、リモデルオープン後は2ケタ増が続いています。
 年代別では、2~4階に30代・40代・50代がほぼ均等に来てくださっています。30代、40代がこれまで以上に来てくださっているのは確かですが、50代のお客様も予想以上に来店されています。新規のお客様は2割以上増えています。
 4階のミドル&シニア向けゾーンは面積を40%減らしましたが、売り上げは前年を超え、効率が60~70%上がっています。逆に言うと、それだけお客様には買いづらく、ご迷惑をかけているわけですから早期に修正しなければいけません。

--課題は。

荒木 トータルの売り上げでは、目標の2100億円に対し足りないペース。新しいマーケット・顧客・MDの足し算が不十分だったと一番感じています。ハンドバッグやアクセサリーなどではプラスアルファのチャレンジをしていますが、まだ中途半端でお客様に届いていないと感じています。
 競争激しい梅田の中で、我々がもう一段上の売り上げを目指すには、これまでのターミナル型百貨店という事業モデルの上に、ファッションを軸としたお客様にメッセージが届くようなライフスタイル提案をしていかないといけません。これまでのカテゴリーや領域を超えた、レディスファッションとしてのマーケットの捉え方や新しい提案の仕方を考えていく必要があります。実現にはリスクが伴いますが、「新しい価値の創造」に踏み込む必要があると考えます。

大西 ミックスMDを採用したことで、新宿本店の売買差益率が予定を下回っています。新宿本店は仕入れ構造改革によってこの2年、上昇傾向にありました。着実にステップアップしていると感じており、秋には修正をかけ、年度内では売買差益率の帳尻を合わせていきます。
 リビングと子どもの改装も課題です。今回のリモデルは婦人のみで、5~6階を見るとまったく別の館のようになってしまいました。婦人フロアからリビングの買い回りは、現在14~15%程度で、実に6人に一人しかお買い上げいただいていません。今年の秋と来年の春に仕上げていく計画です。
 顧客分類の仮説のズレもあります。例えば旬なモノ・コトを揃えた2階は、50~60代のお客様が予想以上に多い。MDミックスにより生まれた、ごちゃごちゃ感や楽しさのある空間が年齢に関係なく支持されているのです。良い意味で仮説が外れたのですが、これを次にどうするかを考えなければいけません。

働きやすさを追求

--リモデルにおけるCS(顧客満足)、ES(従業員満足)面での改善点は。

荒木 顧客サービスではお客様の座る場所を増やすため、レストランを含め3000シートをご用意しました。滞留時間と買い回り率の向上から成果が挙がっていると思います。ただ上顧客向けのスペースなどはまだ活用の余地があります。
 6階には販売スタッフが店頭接客後にお客様とコミュニケーションできるスペースも作りました。同フロアはミドル・シニア向けで顧客比率の高いブランドが揃うため、有効活用できています。
 建て替えを機にバックヤードは大きく改善しました。ビル外周を全てバックヤード動線にとり、その脇にストックスペースを確保したのです。これにより、各売り場からバックストックへ商品を取りに行く時間が大幅に短縮。店頭オペレーションの効率が上がっています。また、バックヤードのエスカレーターやエレベーターも一から構築し充実しました。これは販売スタッフの売り場外での移動時間短縮にもつながっています。

三越伊勢丹ホールディングス社長 大西洋さん
三越伊勢丹ホールディングス社長 大西洋さん

大西 環境・空間面では、お客様にゆったりお買い上げいただく目的で、「パーク」と呼ぶプロモーションスペースを作り、商品のフェース在庫を約10%落としました。この点はお客様にご支持いただいていると思います。ただ、裏腹な評価もあり、例えば2階を例にすると、「吹き抜けで空間が広くなり、いろんなアイテムがあって楽しい」との声が挙がる一方、「ごちゃごちゃしていて分かりづらい」との受け止めもあります。これらは大きな課題です。
 バックヤードについては、阪急さんのように全部変えることはできませんでした。売り場のすぐ後ろにストック場を作った婦人靴は別として、それ以外の売り場は早急に手を打たねばなりません。
 従業員満足については、「ESなくしてCSなし」との考えから、スタイリストたちの働く環境の改善に向け、人事制度に手を加えます。来年4月からスタイリストたちの待遇・処遇を引き上げる新たな制度を施行。これにより最終的にCSにつながるようにしていきたいと思っています。

郊外モデル完成へ

--阪神梅田本店の戦略は。

荒木 阪神梅田本店は阪急うめだ本店と一部でカニバリゼーションが起き、我々の想定以上に影響が出ています。阪急が改装している頃は、同店の売り場面積が縮小していたため、MDを阪神で受けていたことがあり、両店の買い回りが進んだ背景もあります。カードのインフラを統合しながら、別の店として成り立たせることの難しさは感じています。しかし、今後は阪急との違いを徹底することを目指します。
 阪神側も建て替えを控えています。阪急同様、売り場を半分ずつに分けて工事を進めます。縮小の第一段階で、阪神が目指す阪急とは違う店作りの実現が問われています。
 郊外の中・小型店は梅田とはまったく違う発想で店作りをします。これまではどうしても都心店のミニMD、あるいは都心店の代理購買に応えることに主眼を置いていました。しかし、いよいよこれでは郊外の店が立ち行かなくなっていることが明白です。一つひとつの店が、4~5㌔圏内のお客様に対し発信するメッセージをはっきりさせていく必要があります。
 毎日来店されるお客様に支持される、ライフスタイル提案型のコンパクトな郊外店モデルを、地域密着で作り上げていきたいですね。
 手始めに昨年秋に、横浜の都筑阪急を改装しました。テーマはニュータウンのライフスタイルで、一部面積を縮小しましたが、順調です。来年までに川西、千里、堺北花田阪急など関西の郊外店舗中心に5~6店を順次リニューアルしていく計画です。

--三越伊勢丹グループの基幹店(伊勢丹新宿本店、三越日本橋本店、三越銀座店)と、支店・地域店の方向性は。

大西 基幹3店舗は圧倒的な独自性を追求するのみ。他と比較にならない店作りを徹底します。
 支店・地方店については、新しいモデル店の完成をまず目指します。これまで百貨店はお客様のニーズが高く取引先も多い、衣料品に偏った店作りをしてきました。しかし、消費者ニーズが変化する中、特に郊外では衣・食・住・遊のバランスが取れたショッピングセンターにこの間マーケットを食われてきた経緯があります。そこで基幹3店とは組織を分け、社内のネットワークやノウハウを活用しやすくして支店・地方店のテコ入れに挑みます。
 9月には伊勢丹松戸店(千葉県松戸市)をリニューアルします。同店で「住」と「遊」を強化し、バランスの取れた店舗に切り変えます。今年は松戸のほかに仙台三越と松山三越も改装します。松戸や仙台の投資額は10億円レベルの大幅改装。支店や地方店にこれだけの投資をするのは近年ではないことです。

--とりわけ郊外店ではローコスト運営が求められている。

荒木 郊外店の差別化分野は食品で、生鮮産品やグロッサリーなどのデイリーのMDについては伝統的に8割が自前で運営しています。当然人件費もかかりますし、オペレーションも大変ですが、業務フローを見直しながら、今後も継続していきたいと思っています。
 店舗オペレーションについては、郊外店舗の運営モデルを作りました。店舗スタッフの必要総数を標準化し、効率的な店舗運営のために各店が見直しを図っているところです。

大西 支店・地方店の収益力アップの大前提は売買差益率の向上です。基幹3店を除く支店・地方店の売上高約6000億円のうち、およそ10%の600億円が地域店舗事業部が手掛けたオリジナル品などの売り上げです。これを早期に1000億円まで高めたいと考えています。こうなると、仕入れ差益が数パーセント変わってきます。

ECをテコ入れ

--百貨店事業の強化方針と、新規分野での成長戦略を。

荒木 百貨店が新規出店できる余地が無い中、既存の基幹店や郊外店の磨き上げに尽きます。
 MD面では「粗利を取る商売」にチャレンジしたい。例えば、阪神梅田本店や郊外店で、特定のアイテムやベーシックな商品群で取り組みができると思っています。阪急うめだ本店の場合は、マーケットを切り開くためのリスクを取れる商売をやっていく必要があります。
 ネット販売についてはリアル店の個性を生かしたいですね。例えば、「食の阪神」や「ファッションの阪急」「東西のメンズ館」のように個性的な店舗力を生かしたネット販売の取り組みは大きなテーマです。
 品川に出した「阪急フルーツギャザリング」のような、百貨店MDを切り出した小型店の展開も有力です。また、国内市場が縮小する中では海外での店舗展開も重要になっており、長期的な視点でトライアルをしていきたいたいですね。
 

大西 百貨店事業については「商品」と「販売」がテーマです。商品は仕入れ構造改革を進め、首都圏の基幹3店舗で売買差益率を早期に30%としたい。
 販売については、現在スタイリストの効果的な要員配置を科学的にシュミレーションしています。これは人を減らすということではなく、逆に増やしてでも、どうすれば「最高のおもてなし」ができるかを〝理屈化〟するのが狙いです。
 成長事業については、お客様との接点拡大が課題。新しいチャンネルとしてのEC(電子商取引)は大きなカテゴリーです。正直なところ、当社もこの分野では取り組みが遅れていました。まずは中元・歳暮に偏っていた品揃えを改め、コンテンツを拡大。SKU(在庫最小管理単位)数も直近の5万から20万へと増やし、お客様の選択肢を広げることを優先します。
 もう一つはスーパーマーケットで、これは残念ながら利益は出ていませんが、お客様との接点というところでは原点。今、構造改革を進めており、成長事業の一つとして捉えています。
 自分たちの強みを外に出していく小・中規模店の試みは可能性を感じます。「イセタンミラー」などの事業を始めてから物件・案件の情報が数多く舞い込むようになりました。その内容は300~1万平方㍍と幅が広く、従来我々が想定していた面積より大きいスペース。そこに、どれだけ自分たちの強みをミックスして出していけるかについては、色々な方法論があると思います。今後、成長が期待できる分野と言えるでしょう。

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