アウトレットモール20年(古川富雄)

2015/03/23 17:19 更新


ちょうど20年前の95年3月16日、私は日本初のファクトリーアウトレットモール「鶴見はなぽーとブロッサム」(大阪市鶴見区、現・三井アウトレットパーク大阪鶴見)のオープン取材をしていました。阪神・淡路大震災から2カ月、JR東海道線は全通していなかったので、なんとか神戸から大阪までこぎつけ、取材にあたっていました。

日本初のアウトレットモールは、93年にオープンしたアウトレットモール・リズム(埼玉県ふじみ野市)とされます。確かに、専門店チェーンが自社在庫をさばく店舗を集めたという点で、画期的ではありました。しかし、もともとここはGMSの「サティ」になる予定が変わり、急きょ小売型アウトレットモールにコンセプトが変更され、開業した経緯があります。

その点、ブロッサムはもともと三井不動産がアメリカ型の本格的ファクトリーアウトレットモールにしようと志高く、企画、開発しました。80年代、日本ではアウトレットというものがあまり知られていませんでした。そのため、三井不動産はアパレルメーカーやスポーツメーカーの社員をアメリカのアウトレットモールを見てもらい、その必要性や将来性を理解してもらう努力を続けてきました。

 



そのころ日本では、著名ブランドがアウトレットを出すことには、取引先小売業との関係でなかなか踏み込めなかった。この壁を乗り越え、メーカーのアウトレットを集めたのが、ブロッサムです。その点で、日本初の本格的アウトレットモールとして認定できると思います。

今や、アウトレットモールに日本全国にあり、ファッション商品の流通に欠かせない存在になりました。ところが、問題もあります。アウトレットを出す企業に聞くと、「アウトレット業態が一番利益を出している」「アウトレットも機会ロスが出ない品揃えをしている」などの反応がある。おかしくないですか? 最初から利益が出るよう開発した“アウトレット商品”は普通にあります。

本来は不良在庫やB級品、サンプル品など通常ルートで売れないものを格安でという在庫処分、換金施設と言う位置づけでした。ところが、集客力が高まり、いつの間にか収益を上げるという珍妙な店が増えてしまいました。そろそろ、原点に戻らないと顧客離れを起こしかねないと思います。







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