《私のビジネス日記帳》洋装マネキン100年 七彩社長 瀬川剛

2026/04/01 06:25 更新NEW!


 昭和のにおいが薄まりゆくなか、昨年は昭和100年・戦後80年という表現が目立ちました。実は百貨店でよく見る洋装のマネキンたちも日本で生まれて100歳になります。

 明治維新を経て日本が西洋化に進むとき、和装と異なるファッションの普及にはマネキンの視覚的な訴求力が有効といち早く察知した人物がいました。島津良蔵です。

 良蔵は世界的企業である京都の島津製作所2代目島津源蔵の次男で、東京美術学校(現・東京藝術大学)で彫刻を学びました。島津製作所で人体標本模型などを扱う部門に在籍し、マネキンの輸入・修理から製造にまで業務を拡大、1925年に日本初のマネキンメーカー「島津マネキン」を創業したのです。

 数々の洋装マネキンを企画・製造・販売し、戦前には国内の約8割を生産していた島津マネキンも、第2次世界大戦後の復興はかなわず、その意志はそこから独立した原型作家や職人たちに引き継がれました。物資が十分ではない混乱期でありながら、ファッションに夢を宿し、日本の復興の一助となるべくマネキンという新しいメディアでありアートを再び創り出すことで、未来を感じていたのだと思います。

 その一つ、七彩に私も在籍しています。戦後のスタートで、今年で創業80年を迎えます。その間もマネキンたちは変わらず、時代のファッションと共に物言わぬモデルとして、今日も美しい姿で人々を見つめています。

(七彩代表取締役社長執行役員 瀬川剛)

「私のビジネス日記帳」はファッションビジネス業界を代表する経営者・著名人に執筆いただいているコラムです。

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