【ものづくり最前線】メルボ紳士服工業広島工場 手縫いで丁寧にオーダースーツ仕立てる 改装で生産性向上、人材獲得も進む
紳士服メーカー、メルボグループのメルボ紳士服工業(大阪府枚方市)が運営する広島工場は、オーダースーツを一つひとつ丁寧に仕立て上げることを追求し、今でも手縫いの工程を大事にしている。17年には建て替えリニューアルをし、約1.7倍に増床。働く環境を改善したことで生産能力が向上した。人材採用についても好結果が生まれており、技術の継承に手応えを見せている。
■快適な職場環境を
広島工場は1972年に設立。主力に生産するのは、グループのメルボメンズウェアー(大阪市)が展開するオーダースーツ専門店「麻布テーラー」のスーツだ。メルボ紳士服工業としては広島工場のほかに、滋賀工場(滋賀県米原市)もある。両工場はグループの中で同じ位置付けとなっており、どちらも「真心を込めた服作り」を信条に、技術を磨き合う良きライバル関係になっている。かつて欧州の一流ブランドのスーツ生産を手掛けたこともあり、様々なノウハウを持っている。
広島工場の従業員数は、直近で160人、平均年齢は40歳。生産能力はジャケットが日産170着、パンツは日産180着となっている。17年の建て替えで、工程と工程の間にある程度のゆとりスペースを設けるなどのレイアウト変更をし、汎用性のあるミシンの追加や自動裁断機の導入もした。
同時に推進したのが、きれいなトイレや洗面所、食堂、給湯室などの整備だ。生産現場だけでなく、快適な職場環境を全体で目指した。これにより、スタッフの士気は高まり、「以前に比べ生産能力は約3%上がっている」と福原幸雄工場長は話す。
人材の獲得についても、工場をリニューアルしてから手応えが増した。19年春の新卒採用は8人。その前年と比べ倍の人数となった。地元の学校卒業者を中心に採用しており、「ここ数年は服飾系専門学校で服作りを学んだ人材も入り、即戦力として活躍してくれている」と言う。
■着心地を重視
工場でのものづくりはまず、クーポンと呼ぶ作業シートの作成からスタートする。オーダースーツは既製服とは違い、1着ごとに生地や裏地、副資材、仕様、パターンが異なる。生地をはじめとした様々な情報をパソコンで入力し、パーツごとに複数のシートにしてから、生産ラインへと移す。
スーツの生産工程は100以上に及ぶ。だいたい1人のスタッフがミシンを2~3台かけもちしながら生産している。ものづくりの中で、大きな特徴として挙げられるのが、手縫いを行う部分が多くあることだ。例えばジャケットのアーム回りや裾のコーナーなど、様々な部分を手縫いで仕上げる。
手縫いを行う部分は、生産ラインの中で仮しつけ縫いをし、必要なゆとりを取っておく。そして後からまとめて仕上げていく。手縫いを多用するのは、「実際に着用した時の着心地が違うから」。「ミシンの性能は向上しているが、従来からの方法でなければ、実現できない技術もある」と続ける。
一つひとつ異なるスーツを生産するので、ミシンの糸を交換するための作業も想像以上に手間はかかる。「実際に縫う時間よりも糸を変える時間の方が長いぐらい」だ。「工場として1着に対する思い入れを大切にしている」と福原工場長。その強い思いは、手縫いをはじめとした様々な工程から伝わって来る。
工場の一角には見慣れない作業スペースがある。ここは高い縫製技術を持つ内職の人たちが自由に活用できる場所になっており、熟練の腕で難度の高い縫製をしている。「自宅だけでなく、空き時間を利用して工場内でも仕事が出来るように」と、働き方改革の一環として設置したもので、工場としての工夫が光っている。
今後は積み重ねてきた技術を、若い世代へ引き継ぐことに注力する。「少ない工程だけでなく、たくさんの工程に対応でき、ひいてはすべての縫いが行えるようなオールマイティーな人材をもっと増やしたい」考えだ。工場として技能検定について積極的に指導していくほか、18年に立ち上げたファクトリーブランド「安芸上着」の提案も強化する。安芸上着は地元のふるさと納税の返礼品として卸販売しており、地元を中心に愛される商品としてピーアールを進めている。
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清水貞博メルボ紳士服工業社長
生き残りかけ柔軟にものづくり
国内の縫製工場の多くは、新型コロナウイルス感染拡大の影響で受注が減る中、生産ラインを埋めることが課題になっています。当社の工場も生き残りをかけて、社外へのOEM(相手先ブランドによる生産)を拡充する一方、マーケットのニーズに合わせ、いろいろなアイテムにチャレンジをしなければなりません。
すでにオーダースーツ以外にも、オーダーのベストやコートを生産しています。それ以外にも社内で様々な試作を積極的に生産してテストもしています。OEMについても、先方に興味があるならば、例えばオーダーと既製品をセットで引き受けるなど、これまでよりも柔軟な対応を進めていきたいです。
《記者メモ》良い提案への引き金
広島工場が手掛けるファクトリーブランド「安芸上着」では表地にウール100%の国産素材を使ったジャケットやコートを提案している。
軽量の総毛芯仕立てによって胸のボリューム感と柔らかい肩周りを実現するなど、これまでの生産ノウハウを盛り込んだ。ふるさと納税の返礼品として手応えがあり、新たにクラウドファンディングで別注デザインのブレザーの提案も開始した。
同ブランドの企画は30代の中堅スタッフが中心になって推進。自分たちで作った物を、様々な形で消費者に提案することが、新たなやりがいにもつながっている。客の生の声を直接聞くことは、作り手にとって新鮮な経験だろう。実際に目の前で売れた時の喜びもきっと大きいはずだ。
工場が独自の強みを生かしつつ、マーケット目線も養うことは大切だ。既存の取引先にとっても、今後もっと良い製品が生まれる引き金になると思う。
(小畔能貴)
(繊研新聞本紙20年8月12日付)