未来の担い手作り、今こそ種まきの時

2015/04/06 06:15 更新


《知トレンド・私はこう思う》テキスタイル・コーディネーター 車純子さん

 良い物作りを日本に残すには、今の子供たちに伝える努力が必要では――子供たちが地元の食材や食文化に触れる機会を増やす「食育」。この言葉がごく自然に使われ出したように、ファッションの世界でも子供たちに様々な体験の機会を作るべきではないか。

 そんな思いを発信し始めているのが、テキスタイル・コーディネーターの車純子さんだ。原糸メーカーのテキスタイル開発に長く携わり、日本の繊維産地の現場を回る車さんに「未来への種まき」について聞いた。(聞き手=若狭純子)

素材って何?

 ここ数年、ファッション専門学校生と接していて気になっていたことがあります。例えば、スマートフォンで服を買っている学生に、「その素材は何?」と聞くと、「先生、何って何?」と不思議な顔をするんですね。服の素材について、わからないし、関心もないんです。どこのブランドか、色、形、価格は言えても、素材だけが抜け落ちているのが実態です。長く、「素材屋」として生きてきたので、これはショックでした。

 テキスタイル科の学生でも、素材は難しいと思っているし、関心がなかなか持てないでいるわけです。テキスタイル科はファッションを志す学生たちの間で人気の低い学科です。しかし、一方で、卒業生が10年後にも学校をわざわざ訪れて、教科書を買っていくのは、素材やテキスタイルに関するものです。

 恐らく、素材やテキスタイルは、服作りや販売に関わっていきながら、徐々に関心が高まるものなのでしょう。なので、最初に詰め込み過ぎないことが大事なのだろうと思います。ただ、ごく自然に触れること、構えないでも素材を知る体験は、もっと幼い時期から、きめ細かく、繰り返すことが良いのではないかと考えています。

良い料理

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 若者たちが素材に無関心でいられるのは、日本の繊維製品が素晴らしく良いものになったからではないか。そんな気がしています。今の日本に、色落ちするシャツなどありませんし、シワにならないからアイロンも要りません。高級な素材でも何でも一緒に洗濯機で洗え、日常的に、服に気を遣わない生活になりました。

 実際、ほとんどの学生の親がアイロンを持っておらず、学生たちは、あて布というものを知りません。価格も手頃になった結果、大事に手をかけて、愛着を持って服を着る楽しみは薄まってしまい、材料に関心を持つこともなくなったのではないでしょうか。

 素材は今後も進歩を続けますが、それを理解し、味わい、読み取れる人がいなくなっては、作ることができません。便利さと引き換えに、様々なものが失われた何十年かを、今こそ、取り戻す「種まきの時」ではないかと思っています。普通、料理を決めてから、材料を買いに行きますね。

 しかし、逆に、良い素材は料理を想像させ、良い料理を作らせるものです。その良しあしがわかる、楽しめる、体に染みる体験を幼い時からできれば、ぐっと違ってくるはずです。

触れ合う

 テキスタイル産地などでは、地元の小学校に工場見学をさせています、といった話もうかがいますが、一度きりの社会見学で終わらない工夫をしたいところです。幼稚園や保育園、小学校でも、バリエーション豊かな教材を探しているという話も聞きますし、多様な残布で何か作ってもらうとか、遊んでもらう、手を使って仕事をする職人さんたちと触れ合ってもらうなど、いろいろなことが考えられると思います。今は、上から目線で伝達することなど時代遅れで、点と点がつながり、広がっていく世界へと変わりました。伝統的でローカルな文化も各地で見直されています。

 日本の産地の技術は、絶対に残るべきものと信じています。そのためには、当事者だけでなく、周囲が文化をサポートし、また作っていかなければなりません。本当に良い素材に触れる感動的な体験から、1000人のうち1人でも2人でも将来の担い手を育てるという試みが、ファッションの世界に必要だと思います。



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