【記者の目】合繊メーカーで火災や品質問題相次ぐ コスト優先からの転換を

2022/08/08 06:29 更新


 合繊メーカーで近年、火災事故や品質問題が相次いでいる。火災の影響で製品の供給責任を果たせないケースが出たほか、関係者が亡くなるといった深刻な例も複数発生している。品質問題では、客先や第三者認証の基準を満たさない製品の販売や試験のすり抜けといった行為が長年行われていた事例が発覚した。どちらもメーカーとしての根幹を揺るがしかねない問題だが、背景の一つにはコスト最優先の発想がありそうだ。改めて業界を挙げた再点検やガバナンス強化、課題認識のアップデートが求められる。

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 旭化成の延岡地区にあるキュプラ「ベンベルグ」工場で4月に火災が発生した。幸い人的被害はなかったが、紡糸設備の4分の1相当が損傷し、原糸生産は今もストップしている。被災を免れた設備は7月末までに生産再開を目指し、被災建屋内で直接被害を受けなかった部分も9月末までに再開させたい考え。一方、直接焼損した箇所の復旧は23年以降となる見通しだ。

人的余裕がない

 ベンベルグは世界で同社だけが生産しており、簡単には代えがきかない素材だ。高級裏地、インドの民族衣装といった強みを持つ市場も少なくなく、供給の一時停止は国内産地を含むサプライチェーンやステークホルダーに大きな影響を与える。同社は20年にも火災、爆発事故が発生し、抜本的な安全対策の見直しが迫られる。

 東洋紡も18~20年に3件の火災が発生し、18年の火災ではエアバッグ用のナイロン原糸工場など2万平方㍍近くを焼失。また20年の犬山工場のフィルム製造ラインの火災では従業員2人が亡くなるという痛ましい結果となった。これらを受け、同社は20年12月に社長直轄の安全・保安防災推進本部を新設、外部の専門家の助言も得て全設備を再点検し、180億円を超す安全防災対策を実行。これ以降も年20億円の予算を確保し、継続した安全対策に取り組む。

 元東洋紡で厚労省認定の労働安全衛生コンサルタントの西村文男氏は、「(一般論として)安全衛生管理が現場に丸投げされ、対策がおろそかになりがち。また、各事故で共通する原因を推定すると補修・工事を行う下請負業者への安全確保の指示が不十分と思われる。背景として、海外メーカーとのコスト競争で売り上げ、利益を優先し、経営部門が現場を軽視して人的余裕等を失っている事も考えられる」と指摘。合繊メーカーの多くは創業100~140年といった長い歴史を持ち、過去にも大きな火災事故等を経験してきた。安全対策の経験値や防災意識は高いはずだが、コスト圧縮を最優先する中で安全対策がおろそかになった可能性も否定できない。

リスク洗い出しを

 一方、品質関連の問題も相次ぎ起こっている。東レは今年1月、米国の第三者機関であるULの認証を受けた難燃性樹脂製品で、実際に販売する製品が認証品のスペックと乖離(かいり)しているにも関わらず販売を続け、ULによる不定期検査時には試験用サンプルを提出する不適切行為が長年続いていたことが発覚した。

 同社は17年にも子会社の東レハイブリッドコードで客先の規格から外れたデータを書き換える不祥事があった。日覺昭廣社長は「(17年以降)全社を挙げてコンプライアンス向上に取り組んだにも関わらず、特定の組織で根本的解決策がとられないまま継続していた。コンプライアンスを経営の最重要課題と捉え、最後の一人まで意識改革を徹底し、風通しの良い企業文化を醸成する」と決意を示す。改ざんができないようなシステムや品質保証体制の再整備とともに、コンプライアンス意識の徹底を図る。


 国内では日本経団連が品質管理の自主点検を呼びかけた17年の翌年に不適切事案の報告が急増、その後19、20年と減少したものの、21年は再び増加傾向に転じている。グローバル経営コンサルティング企業のKPMGグループで、不正・不祥事調査業務などを手掛けるKPMGFASによると、「根本には(UL等の)基準から外れても、『製品使用上、問題ない』といった認識の甘さがある」とし、「近年、コンプライアンス意識が高まり、アンケートや内部通報で長年の不正が発覚するケースが増えている」という。そのうえで「自社の製品特性や外部との競合環境などを踏まえ、どこでコンプライアンス違反が起こりうるか、日ごろからリスクを洗い出しておくことが重要」と指南する。

 また「他業界と比べ、品質や安全に関わる設備投資や人材への投資が適切に行われていないと感じる」と合繊メーカーの品質問題と火災事故に共通の課題を指摘。火災、品質問題を経験した東洋紡は、「どちらも『赤字は悪』として固定費を抑えてきた構造改革期の価値観を拭い去れなかったことが遠因。これらの問題を経験し、企業が持続可能かどうかが何より重要と学んだ。この間、リスクマネジメントを含め相当見直し、着実に改善に向かっている」(竹内郁夫社長)と改革の手応えをつかむ。

 日本化学繊維協会も相次ぐ品質問題の発覚を受けて品質保証ガイドラインを見直し、経営層の責任を明記するとともに、閉鎖的な組織風土を回避する仕組みや通報ルールの整備等を促す。内川哲茂会長は「協会内の議論を通じて、他社の事例に学び、直していこうという風土を感じた。学んだことを各社に持ち帰ってこれを発揮したい」と話す。メーカーの初心に返り、業界挙げた総点検の機会にしていかなければいかない。


中村恵生=大阪編集部・合繊・テキスタイル担当

(繊研新聞本紙22年7月11日付)

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