ゴルフ事業もOEM(相手先ブランドによる生産)がきっかけでした。1983年にエーワン商事の「アクアスキュータム」のバッグOEMで「ガンクラブチェックのキャディーバッグがあったら面白いのでは」と提案したところ採用していただきました。ハンドバッグの工場では作れないので、なんとか作り手を探して生産を請け負うことに。これが予想以上に好評でした。
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85年には三井物産スポーツ用品販売から「ブラック&ホワイト」のゴルフバッグの相談が。現場の頑張りで商品開発に関わり、製造を担いました。当時のゴルフ業界はギアとしてのバッグが中心で、ファッション性を前面に出したブランドはほとんどない状態でした。そんな時に、倉本昌弘プロがブラック&ホワイトのウェアを全英オープンで着用してテレビ中継で活躍。ファッションブランドとして一気に注目を集め、キャディーバッグも爆発的なヒットになったのを覚えています。
この二つの仕事を機にヤマニは「ゴルフ業界にファッションを持ち込む」という戦略を掲げ、「トラサルディ」などのブランドキャディーバッグを次々と手掛けていきました。
ハンドバッグと同様に小売業と直接の接点がないため、大沢商会、ブリヂストン、ミズノなどの大手を通した販売でした。しかし96年「ラルフローレン」の発売を機に100%子会社の販売会社プロテックスを設立、小売業への直接販売に乗り出しました。
(ヤマニ社長 中澤貞充)
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「私のビジネス日記帳」はファッションビジネス業界を代表する経営者・著名人に執筆いただいているコラムです。
