都内百貨店の紳士服担当は、2000年前後に登場した大手紳士服専門店による「ツープライススーツショップ」の存在に頭を悩ませていた。ツープライスで購入したスーツを解体し、副資材や縫製仕様まで分析した担当者たちは「5万円台の百貨店PBスーツでは勝負にならない」と口を揃えた。その衝撃は業界内にとどまらず、都心の若いビジネスマンを中心に一大ブームとなり、百貨店スーツ平場にも低価格化を強いるほどの影響力だった。
既存と逆の発想で店作り
ツープライススーツショップは、当初、①都心の20~30代男性にターゲットを絞り込み②1万9000円と2万8000円などの均一な二つの価格設定が基本でバーゲンをしない③わかりやすい身長別陳列で半セルフ販売――というのが特徴だった。郊外型紳士服専門店とは全く逆の発想の店作り。ほとんど同時期に同業態が開発されたインパクトは大きかった。
スーツ生産の転換期でもあり、中国の縫製工場の技術が飛躍的に向上し、高品質でコストパフォーマンスの高い商品を提供できるようになったことも同業態の成長の背景にある。GMS(総合小売業)でも1万円スーツが話題になるなど低価格がキーワードだった。
その後、多店舗化するとともに、時代の変化に対応して商品・売り場も進化を遂げ、主力の郊外型店舗に次ぐ柱事業に成長している。05年から始まったオフィスでの夏の軽装を呼びかけた「クールビズ」が定着したことで、スーツ需要の減少に追い討ちをかけた。団塊世代の完全リタイヤなど少子高齢化もあり、今までのような販売着数の大幅な伸びは期待できなくなった。そうした中、ビジカジスタイルの提案をはじめ、レディス分野の強化、オーダーなどを切り口に新たな需要の掘り起こしを進めている。
デジタル技術で業界の革新進む
コストパフォーマンスの高さや便利で効率的な買い方を重視する流れは、若い世代を中心とした今のオーダースーツブームにもつながっている。最新のデジタル技術を駆使することで「2着目以降はスマホで簡単に注文」できる時代となったことで、新たに20~30代男性の獲得に成功した。
従来のオーダースーツ専門店は生地の値段やオプションによって変わる価格設定や出来上がりイメージが分かりにくい、採寸・接客に時間がかかるなど新規の若い世代にとっては敷居が高かった。それらの課題を数年前から大手紳士服専門店の新業態が店頭でのタブレット接客などITを活用した「新たなオーダー体験」を武器に新たなスーツ需要を開拓している。利便性に加え、既製スーツと同等の価格帯で自分だけの1着にカスタマイズできるのも大きな魅力なのだろう。大手アパレルやIT企業もオーダー市場に参入し、競争は激しくなっている。象徴的なのは、ファッション通販サイト「ゾゾタウン」を運営するゾゾのPB。販売直後から注文が殺到したオーダースーツのデジタル技術を駆使した採寸手法は業界全体が注目しており、さらなる技術革新が進みそうだ。
消費者との接点がデジタル化するとともに、生産現場もIT化によるスマートファクトリー化が求められている。世界的なオーダースーツブームを支える生産拠点として注目される中国では、政府がオーダースーツ生産をIT産業ととらえ、大規模な投資をかけている。
今後はデジタルツールの活用だけでなく、リアル店の強みを生かし、スタッフの人間力を磨くことがスーツの未来を切り開くことになる。
(繊研新聞本紙1月1日付)