《私のビジネス日記帳》就職先の倒産 燕泳静

2022/10/05 06:25 更新


 中国・江西省出身の私の日本との出会いは高校時代にさかのぼります。授業のサブクラスで語学があり、当時選ぶ人があまりいなかった日本語を学んだのがきっかけです。並行して勉強していた英語の成績も良かったため、語学の才能があるかもと思ったのも背景にあります。

 よく言われるような日本のファッションやカルチャーが好き、という理由ではありません。そもそも江西省だと日本の情報もそんなに入ってきませんでしたから。ただ、日本語を学んでいた時に日本人から「日本人ぽいね」と言われ、少しずつ興味が湧いてきたのを覚えています。

 せっかく勉強したので実戦でも使ってみたいと思い、福岡の語学学校に留学しました。当時はお金もなく、日本の水1本の値段で中国では5本買えた時代。モヤシばかりを食べて1週間過ごしたこともありました。初めての日本、福岡での生活は周りに優しい人しかいないぐらいの環境で快適でした。が、博多弁だけが身についたら困ると思い(笑)、翌年東京へ。

 美容やエステの専門学校に通い、卒業する時にはエステの会社から内定をもらいましたが、その仕事ではビザが下りないことがわかり、結局、上海にも支社があるアパレル企業に就職しました。実際に通訳や翻訳の業務があり、在留資格を満たせたわけです。

 その会社で4年間働きましたが、ある時、民事再生法の適用を申請し、実質倒産してしまいました。20代の後半に差しかかっていた私は、自分の家をオフィスに独立することを決めました。

(Sホールディングス社長)

「私のビジネス日記帳」はファッションビジネス業界を代表する経営者・著名人に執筆いただいているコラムです。

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