「靴下編み機等破壊禁止法」、最高刑は死刑。ディストピア(暗黒世界)小説にでも出てきそうなぎょっとする言葉だが、かつて実際に存在した。産業革命期の1812年、英国議会で可決された。当時、革新機の登場で失業を恐れた職人たちが機械を破壊する行動に出た。「ラッダイト運動」と呼ばれるこうした行動を抑止する目的だった。
産業革命後の世界を生きてきたわれわれからすると滑稽に思えるが、戦後の日本でも同じようなことがあったという。69年、新宿郵便局が郵便番号の自動読み取り機を導入する際、労働組合の妨害を警戒して機動隊300人が出動する大騒動になった。結局、恐れた妨害はなく、全国的に手仕分けから自動化へと切り替わっていった。
それほど新しいテクノロジーというのは社会と摩擦を生じさせる。今なら生成AI(人工知能)だろう。代替され無くなる仕事としてデザイナーやMDが挙げられるが、記者もうかうかしていられない。
生成AIでより深刻なのは、ディープフェイクの類かもしれない。AIが作ったまことしやかな偽情報が拡散され、社会を混乱に陥れる。架空のディストピア小説ではなく、すでに世界中でその芽はいくつも生まれている。いつの時代もテクノロジーを毒とするか薬とするかは人間次第。新しい技術が登場する時こそ人間の知恵が問われる。