《めてみみ》賽の河原の石積み

2021/08/30 06:24 更新


 「賽(さい)の河原」という仏教から来た言葉がある。親よりも先に亡くなった子供は、冥土の三途の河原で父母供養のために石を拾って積み上げ、石塔を作る。完成する直前に鬼が来て、苦労して積んだ石塔を崩してしまう話である。転じて、報われない努力を続けることを「賽の河原の石積み」と表現するようになった。

 コロナ禍の終息が見えないなかで、様々なイベントや展示会などが中止、延期に追い込まれている。春に開催するはずだったイベントを夏に延ばし、再び秋に再設定せねばならないケースも多い。秋の予定もどうなることか不安が募る。記者にもそうした再連絡、再々連絡が度々届く。

 担当者の一人が発したのが「賽の河原の石積みに疲れ果てて…」という言葉。恐らく、案内を送った数多くの人に延期の連絡をしているのだろう。一方で、次の会場の確保や様々な調整も行っていかねばならない。膨大なエネルギーが必要。連絡を受けるたびに、担当者の苦労が目に浮かぶ。

 ただ、やり取りを通じて、その人との距離感が縮まっていくことは間違いない。賽の河原でも、最後には地蔵菩薩(ぼさつ)が現れて子供を救ってくれるという結末になっている。コロナとの戦いはまだ続く。陽の差す日々を信じ、今は一つひとつの仕事を積み重ねていくしかない。決して無駄な努力ではないはずだ。



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