《私が駆け出しだったころ》阪急阪神百貨店執行役員 佃尚明さん 挑戦する姿勢を大切に

2026/05/22 14:00 更新会員限定NEW!


阪急阪神百貨店執行役員阪急本店婦人ファッション、婦人服飾品、リビング・趣味雑貨、子供ライフスタイル営業統括部担当 佃尚明さん

 90年に入社しました。大学のサッカー部の同期が当時、サッカー部のあった阪急阪神百貨店の入社試験を受けるというので一緒に入ろうという感じでした。

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ファッション雑誌と協業

 初配属は婦人服で、3年目のジョブローテーションで四条河原町阪急(現在は閉店)へ異動となり、服飾と婦人ファッション担当になりました。京都地域の3番店で店も小さく、何で特色を出すのかと模索の日々でした。

 その頃は、国内のデザイナーブランドが一世を風靡(ふうび)した時期が過ぎて、赤文字系ファッションが主流になり始めていました。そこでファッション雑誌『JJ』の編集長に会いに行き、特集を組んでもらった。全国誌に地方百貨店が特集されることはまずありえない時代だったので、これは反響がありました。

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