【知・トレンド】《入門講座》中小企業と事業承継⑥ 次代のスタートライン
人生80年と言われます。では、企業の平均寿命はどれくらいでしょう。会計の世界では、企業は将来にわたり事業を継続するという前提を置きます。「ゴーイング・コンサーン」と呼ばれる概念です。人間と異なり、企業は代を重ねることで、理論上は永続することができます。
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しかし、現実は理論どおりにはいかないようです。帝国データバンクによると、企業の平均寿命は37.16歳と、人間よりもずいぶんと短命です(同社ホームページ)。当研究所の「2017年度・新規開業実態調査」によると、新規開業者の平均年齢は42.6歳となっています。これに先の37.16歳を足すと約80歳で、人間の平均寿命とほぼ等しくなります。要は、一代限りで幕を引く企業が少なからずあるということです。
もちろん世の中には、業歴が100年を優に超えるような老舗企業もあります。ただし、それらはごく一部の例外的存在です。一人親方やデザイナー、個人タクシーの運転手など、職業を選ぶようにフリーランスの道を選んだ人には、誰かに跡を継がせるという意識自体がほとんどないでしょう。あるいは、急成長を実現したベンチャー企業のなかには、創業から数年という短期間で大企業に株式を売却してしまうようなケースもあります。起業の目的が多様であるように、事業の継続に対する考え方もまた、多様なのです。
本連載では、事業承継の現状、意義、難しさについてみてきました。最後にもう一つ、重要な点を指摘しておきます。それは、事業承継は目的でもゴールでもないということです。厳しい言い方かもしれませんが、賞味期限切れの事業を形だけ次の経営者に引き継いでも、その次の承継まで持ちこたえられるとは思えません。10年かけて引き継いだ企業が、わずか5年で倒産の憂き目にあったのでは、せっかくの苦労も浮かばれないでしょう。
大切なのは、次の時代を見据えた新たな事業を練り上げることです。帝国データバンクが業歴100年以上の企業に対して実施した「〝老舗〟に関するアンケート」(08年)のなかに、「老舗企業として重要視すべきことを漢字一文字で表現すると」という設問があります。「信」「誠」「継」「心」「真」「和」に続く7位(同数)は、「変」と「新」でした。ここに、伝統に甘んじることなく、時代に合わせて変化していこうとする老舗の気概を感じます。
京都にある老舗の和傘メーカーの5代目社長はこう言いました。「伝統工芸も最初から伝統だったわけではありません。それぞれの時代で改良を重ねてきたから、今がある。伝統を守るというのは、革新の連続とイコールなのです」。事業承継を目的ではなく成長の手段に、ゴールではなく次の世代のスタートにする意識が必要なのです。
(藤井辰紀日本政策金融公庫総合研究所グループリーダー)
(繊研新聞本紙年1月7日付)