記者の問題意識シリーズ、第2回は、東京編集局勤務、田中一郎です。記者歴25年。担当分野は、ファッション市場の最深部、素材ともの作り、そして行政です。ベテラン記者のディープな話、必読です。
Q.あなたの担当分野はファッションにどんな意味があるのですか?
A.素材ともの作りは、この業界の根幹を支えているのです。
たとえばですけど、もこもこ素材のルームウエアを見て「可愛い」とか、触って「気持ちいい」とか思って、それで買ってしまったこと、ありませんか。
服は、デザインや品質、肌触りや着心地など体感が選ぶ際のポイントになるわけですけど、それには素材が影響を与えている場合が多いってことです。だから、服を作る材料である素材、そしてそれを形にするもの作りは、ファッションビジネスの根幹を支える土台なのです。
Q.取材で心がけていることはなんですか?
A.複雑な流通構造を分かりやすく伝える。これに尽きます。
産業を川の流れに見立てると、素材を作る分野は「川上」、それを消費者に供給する製品の形に変えるのが「川中」、製品を消費者に販売する小売業が「川下」ということになるのですが、ファッションビジネスの場合、この流通構造が長く、複雑です。
商品を自前で大量仕入れし、大量販売するユニクロやH&Mが市場で大きな存在感を示すようになり、この20年で「流通構造が変わった、短絡化した」なんてことも言われていますが、私は必ずしもそうではないと思います。もの作りの仕組みが変化した、と言ったほうが正確です。
もちろん、今挙げたようなSPA(製造小売業)と呼ばれる企業が生まれ、ファッションビジネスの中で大きなシェアを占めるようになったことは事実ですが、その一方で、ファッションにおけるもの作りの基本的な情報を業界全体で共有することが、今まで以上に難しくなっている側面もあるのです。
業界内で分断されてしまった、もの作りの情報を正確にわかりやすく、広く伝えるにはどうしたらよいか、日々、考えながら取材をしています。
Q.その複雑な流通構造を理解する早道はありますか?
A.残念ながらありません。だから、丁寧に、分かりやすく伝えることを一番重視しています。
「長繊維」「短繊維」「PTA」「TPP」。ざっと思いつくままいくつか挙げても、素材や行政に関する繊研の記事って、ぱっと意味を思い浮かべることが難しい、漢字や横文字の単語が多いです。新聞を広げた時に、そういう言葉ばかり目に飛び込んでくると、読むのが億劫になるかもしれませんね。
正直にお伝えすると、ファッション産業のもの作りや流通構造をきちんと頭に入れるのに近道はありません。そこへ至るには少し時間が必要で、まずは基本を把握すること。
繊研は、もの作りに関して、基本的なことから専門性の高い内容まで様々な情報を掲載しています。分かりやすいのは月2回の「もの作り最前線」、ニュース性を重視した情報は火曜日から金曜日の4面、ファッションに大きな影響力を持つテキスタイルトレンドは、2月と9月に欧州の素材展示会取材の情報を掲載しています。
ここに挙げたページや企画に載っている記事を毎日、少しずつ、時間が無い時は見出しをざっと確認するくらいでいいので読むようにしてください。習慣にするうち、あるとき、すっと頭に入ってくるようになります。一度そこまで到達すればしめたものです。繊研を日々、読むことが、あなたの仕事に新しい付加価値を生み出すヒントを見つけることになるとお分かりいただけると思います。
Q.素材と行政の分野で、今、一番の問題意識は?
A.日本のもの作りがこれからも残っていくことができるか、です。
自動車だと、車体に使う鉄板などは塗装してしまえば、どこのメーカーが作ったか、判別不能なわけで、「どこそこの鉄鋼メーカーの鉄板で作った車だから買おう」とはならないですよね。ところが、冒頭にお話したとおり、服の場合は素材そのものが選ぶ理由となる場合も多く、どこでどうやって服の形にしていくのかも、とても大事なわけです。
素材ができるまでは糸、生地、染色・加工と実に多くの人が関わっています。しかし、その評価というか支払われている対価は十分なものではありません。このことは国を問わず、ある程度同じ状況ではあるのですが、特に日本においてはとても深刻です。
最近、メード・イン・ジャパンが注目されていますが、国内で物作りに関わっている多くの企業は、ぎりぎりのところで生きています。日本でそこにしかできないもの作りの力を持つ会社でさえ、それをあきらめてしまう状況が増えているのです。衣料製品で言うと、輸入浸透率は実に97%。つまり、国内生産のシェアはもはやわずか3%しかないのです。
景気が低迷すると、衣食住の中で一番先に削られるのは、衣、つまりファッションです。もちろん、日本のもの作りが減ってしまった理由はそればかりではないのですが、この状況が続くことで、だれもがハッピーではない状況が生まれてしまう。問題の原因はどこにあるのか。もの作りの視点からリポートをしていきたいですね。
【1】どう作るどう守る①単位の違い 【2】どう作るどう守る②連携 【3】どう作るどう守る③技術
【4】どう作るどう守る④人材 【5】どう作るどう守る⑤商流
Q.16年はどんな取材をして、どんな記事を書こうと思っていますか。
A.もの作りに関する話題をさらに深く、幅広く伝えていきたいです。
お話してきたとおり、グローバル化の波は日本のファッションビジネスをすっかり覆ってしまい、世界の潮流を無視して、将来を考えることはもはやできません。このことはラグジュアリーブランドやファストファッションが一定のシェアを握るようになった小売の分野だけでなく、もの作りの分野でも同様です。
繊研の素材やもの作りに関する報道では、これまでに紙面の多くを割いて、日本から海外への生産地の移転について触れてきました。90年代~00年代にかけては、移転先は中国だったのですが、現在は、中国でも経済発展が進み、生産コストが上昇しているので、東南アジアへ生産地が移転の動きが顕著です。
もう1つ忘れていけないのは標準化の動きです。世界的に見て、製造業は「インダストリー4.0」とか大きな変革期にあると言われています。ようするにもの作りを標準化し、より効率的な生産の仕組みや製造業のあり方を実現しようというものです。それはあらゆる分野で進もうとしています。
また、衣料品の取り扱い表示の変更とか、子供服に使うパーツの安全基準の見直しなど、世界の潮流に合わせた標準化が日本でも進みつつあります。ISO(国際標準化機構)ではサイズに関する議論が行われていますし、もの作りの標準化は、日本に残された匠の技を守ることと並んで無視できない重要なテーマです。
ファッション業界で働くなら押さえておきたい、素材ともの作りに関する知識を深めるなら繊研新聞。この機会に是非購読ください。お申し込みはこちらから。
【シリーズ 記者の問題意識】
繊研記者の問題意識①ー小笠原の場合
繊研記者の問題意識③ー大竹の場合
繊研記者の問題意識④ー若狭の場合
繊研記者の問題意識⑤ー柏木の場合