15年自分的に印象深い記事5選(五十君花実)

2016/01/13 00:00 更新


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1月も半ばになってしまいましたが、皆さま本年もどうぞ宜しくお願い致します。

個人的に、今年はもうちょっとWEBでの発信を頑張ろうと思っております。

ブログもせめて週1くらいで書く!(と宣言して自分を追い込むスタイル)意気込みでおりますので、何卒宜しくお願い致します~☆

さて、新年一発目のポストなので、2015年を振り返って、実り多い2016年につなげていきたい!

というわけで、振り返りの一環として、昨年一年間に自分が書いた記事の中から、特に印象的だったインタビュー企画ものを5本紹介させてくださいませ!

すべての取材がそれぞれに印象深いんですけど、WEBにUPされているものがそもそも限られるので、WEBにあるものの中から選んでおります。

●デザイナー篇

マメの黒河内真衣子さん(本紙15年6月22日付け)



 

3月の15~16年秋冬物のマメの展示会を見て、「これまでも素敵だったけど、なんだか何倍にも迫力が増したな~」という印象を受けました。で、「デザイナーの黒河内さんの心境に、どんな変化があったのかしら?」とロングインタビューを申し込んだのがこの企画でした。

そうしたら、次シーズンの16年春夏からNYのザ・ニュース(サカイも契約していた目利きのショールーム)と契約して、パリ展だけでなくニューヨーク展もやるんだという話が出てきまして。

「“日本のマメ”から“世界のマメ”になっていく瞬間を今私は目撃しているんだな~~」とインタビュー中に思ったことが非常に印象深いです。こういう感覚が味わえるのが、「記者冥利に尽きる」ということなんだと思います。

写真は15~16年秋冬展示会から(会場は建築家の伊藤豊雄さんのスタジオでした)

エンフォルドの植田みずきさん(本紙9月15日付け)

 



マルキュー系ギャルファッションが全盛だった頃、その代表格である「スライ」のカリスマプロデューサーだった植田さんですが、ご出産を経て、現在は「エンフォルド」のディレクターをされています。

インポートのコンテンポラリーブランド(フィリップリムとかアクネとか)と、ドメスティックのキャリアブランド(23区とかボディドレッシングとか)の間にある、いま注目の婦人服市場のことを、弊社は“ドメコン”(ドメスティックコンテンポラリー、金谷記者命名)と呼んでおりますが、エンフォルドこそ、ドメコンのマーケットを作ってきたブランドです。

この記事は路面旗艦店@丸の内の開店に合わせた取材だったのですが、植田さんは「〇〇みたいなブランドになりたいって思っていたら、その位置にはいけない。私は今までに無かったブランドやポジションを作りたい。常に先駆者でありたい」と仰っておられました。スライから続く植田さんご自身の経歴や、エンフォルドが立ち上げからの5年間でやってきたことがその言葉に重なって、非常に説得力がありまして。

いやはや、売れ筋商品の後追いモデルが行き過ぎて、ファッション業界全体が停滞している中、こういうマインドを持っている方は本当に貴重だな~と思った次第です。

写真はくだんの丸の内の路面旗艦店。(撮影=加茂ヒロユキ)

引き続きデザイナー篇、3人目。

ファセッタズムの落合宏理さん(本紙15年10月8日付け)

 



東京ストリートの看板を引っ提げて、16年春夏のミラノ・メンズコレクションにデビューした落合さん。そのあと、東京コレクションでもレディスを見せるということだったので、東コレ開幕直前に、ミラノで感じたことや今回の東コレにかける思いを聞きました。

そもそも、ファセッタズムがミラノへ行った経緯として、15~16年秋冬の東京でのショーを伊VOGUEのエディターが見てて、彼女がミラノのアルマーニに推薦、それによりアルマーニの支援枠でデビューという流れがありました。

とか聞くと、東京ファッションのシンデレラストーリー(…落合さん男だけど)みたいにも見えますけど、それは単なるラッキーストーリーとかでは決してなく、落合さんの常に挑戦していくクリエーションこそが引き寄せてきたものなんだな、ということをビシビシ感じた取材でした。

「常に新しいことをやっていくのが、僕が大好きなモードというものの使命だから」といったことも落合さんは仰っておられまして、そういう姿勢が純粋にとてもかっこよかった。

写真はインタビュー時、アトリエでの一枚。(撮影=加茂ヒロユキ)

続きまして、

●バイヤー篇

リステアの柴田麻衣子さん(本紙15年6月8日付け)

 



私は中学時代、雑誌『Zipper』の超熱烈な読者だったんですが、リステアのクリエイティブディレクター柴田さんは、97~98年?頃に名古屋を代表するヴィヴィ子(ヴィヴィアン・ウエストウッドを愛する人)として、Zipperによく出ていらっしゃいました。

それから10年が経ち、繊研に入ってリステアとアンケートのやり取りなどをさせていただくようになっても、その事実に気付かず過ごしておりました。しかしある日、ひょんなことから「あれ…リステアの柴田さんって、あの頃私が憧れていた柴田さんと同一人物なのでは!?!?」ということに気付きまして。

それ以来、一回どこかで柴田さんにロングインタビューしたいと思っておったのですが、念願叶ったのがこの企画です。感じてください、行間から私のそういった青春っぽい気持ちを。

柴田さんはおきれいだし、いつ会っても超おしゃれだから一見そんな風に見えないんですけど、猛烈な努力をされてリステアを今のような世界に通じるショップにされてきたんだなーということを感じましたし、そうしたご自身の軌跡に対しての自信も感じました。(こんな風に書かれるのはご本人は不本意かもしれませんが)

柴田さんとお話をしていると、いつも「私ももっと頑張ろう…!」という気持ちになります。こういう風に、誰かをインスパイアできるような人間に私もなりたいものです。

柴田さんに関しましては、

ヴィヴィ子時代含むファッション遍歴のお話 (私がZipperで見ていた頃のストーリー)

国内外の若手デザイナーに対する思い (16年の1月1日号で、若手デザイナーと対談していただきました)

などもWEBに上がってますので、併せてご覧くださいませ。

写真は、上記16年新年号に載せた柴田さん×若手デザイナーの対談からの一枚。(撮影=加茂ヒロユキ)

最後に

●経営者篇

バロックジャパンリミテッドの村井博之社長(本紙15年1月19日付け)

 



いわゆる“マルキュー系”といわれてきたブランド群が軒並み苦戦している中で、同ゾーンを牽引してきたバロックジャパンは、この間好調を保っています。

その要因として、クイックなトレンド追求型のブランド運営から、もの作り強化へと舵を切ってきたこと、中国販売が好調なことなどが大きいわけですが、それを成り立たせているのが村井社長の柔軟な姿勢だと思います。

経営者としてのロジカルな視点は勿論、流行りの音楽ジャンルなどの感性的な事柄まで、村井社長は全てを把握されていらっしゃっいます。感性的な事象というと、時に軽薄で“ミーハー”になりがち。でも、ファッション企業である以上は、そういうミーハーさもすごく重要だと思うんですよね。

そんなミーハー感覚を、大きな企業の経営トップが持っていらっしゃることってなかなか稀です。だからこそ、それがバロックの強さにつながっているんだと思う。そういう方なので、村井社長の取材は刺激的で非常に楽しいのです(勿論すごく緊張するんですが)。

本当は、15年秋に掲載したEDM(ダンスミュージックのジャンル)とかの話題の村井社長のインタビューの方がより面白かったんですが、残念ながらそれはWEBにあがっておらず。

写真は、バロックジャパンが昨夏協賛したEDMフェス、「ウルトラジャパン」のバロックのブース。五十君撮影のため、汚い画像ですみません。

以上、私の私による2015年の印象に残ったインタビュー記事5選でした。

本年もどうぞ宜しくお願い致します!!!



五十君花実 特技=ミーハーな記者・五十君がお届けする業界のよもやま話。パリコレから東コレ、ストリート、地方のおもしろショップまで、ニュースあるところに五十君あり!!…というスタンスが理想です

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